東洋医学の「肺臓」って何だろう

まず注意として申し添えしたいのは、東洋医学の五臓六腑と、西洋医学の臓器名は同名異義であるということです。ゆえに東洋医学の肺臓は、西洋医学で言う肺とは違うものです。現在の意味で用いられるようになったのは杉田玄白以降です。誤解のないように断っておきます。

≫詳しくは「五臓六腑って何だろう」で説明しました。

それからもう一つ大切な前提があります。東洋医学の言葉は、すべて機能に名づけられたもので、物質に名づけられたものではないということです。これから肺臓について説明しますが、肺臓を物質として考えて読むと分かりづらくなります。あくまでも機能 (=気) についた名称と考えて読み進めてください。

≫「東洋医学の気って何だろう」をご参考に

心と肺とは陰陽

相傅の官

心者.君主之官也.神明出焉.
肺者.相傅之官.治節出焉.<素問・靈蘭祕典論 08>

心臓と肺臓は陰陽関係にあります。

心臓が君主であるとすれば、肺臓は相傅 (宰相) です。君主と宰相は、車の両輪のようにして国家組織を運営しますね。心臓と肺臓も、車の両輪のようにして生命を営むのです。

心臓 (類経図翼)

図のように、心臓は肺臓と太いパイプでつながっています。君主と相傅の関係が密接なことを示しています。このように東洋医学は、物質的臓腑を描かずに、機能的な図式を描いています。

肉体的な生命活動の根本は何でしょうか。循環です。

心臓の鼓動、そして呼吸、これが循環の大本です。どちらが大切でしょう? 息が止まっていても、心臓が動ていていれば、まだ生きています。心臓が止まっているのに、息をするということは難しいでしょう。

諸血者皆屬於心.
諸氣者皆屬於肺.<素問・五藏生成論 10>

つまり、心臓は循環機能の元締めであり、肺臓はその補佐役・実務役なのです。
心臓は血の循環の、肺臓は気の循環の元締めとなります。
血は深く、気は浅い。
血と気は陰陽でしたね。

≫「陰陽って何だろう」をご参考に。

肺は「金」

さっき、「実務役」という言葉を使いました。実とは現実的・物質的な要素があるということです。これが五行で肺が「金」に配当される理由です。

金とは物質のことです。

ただし、肺金は非常に理解しにくい概念です。ここでこれを論じると焦点がぼやけてしまうので、
東洋医学の五行「木火土金水」って何だろう
をご覧ください。「書経」の「従革」にさかのぼって、詳しく展開しました。

肝と肺とは陰陽

以上をふまえて肺臓について展開します。

まずは、呼吸をする器官である西洋医学の「肺」のイメージをいったん除いてください。
肺臓は、「魄」「宣発・粛降・通調」という言葉で象徴されます。

それらを理解する上で欠かせないのが肝臓です。
肝臓を陽とすると、肺臓は陰だからです。

感覚・反射と肺臓

「魄」とは

肺藏魄.<素問・宣明五氣 23>

肺が魄なら、肝は魂です。

魄と魂は陰陽関係にあります。この陰陽は、一体として考えるなら、意識的にコントロールできない機能、これをここでは「無意識」と表現します。すなわち自律的機能です。

肝臓と肺臓は表裏一体です。

随神往来者、謂之魂、並精而出入者、謂之魄、<霊枢・本神 08>

肺 (類経図翼)

肝 (類経図翼)

肺と肝とを図で比較します。よく似ていますね。これは、解剖学の肺や肝臓とは、わざと異なる描き方をしているのです。陰陽として、意図して対比させています。

「白」と「鬼」

魄から行きます。この言葉、聞いたことありますね。「魂魄凝って…うらめしや…」の魄です。

魂と魄。字源は…。

まず、魂と魄に共通する「鬼」からです。
「鬼」は死者の首を持って踊る様を表すそうです。転じて霊魂。無意識を意味します。

魂とは。
字源からみると、「云」は「雲」と同じで、形の無いもの、つかみどころのないものの意。自意識とは異なる、つかみどころのないもの。それが魂の字義です。「東洋医学の肝臓って何だろう」で説明したように、魂は無意識でした。無意識とはオートマチックな機能のことです。魂には、将軍のような猛々しさと、木のように上に伸びる力があります。非常に機能的 (目に見えない) です。

魄とは。
字源から見ると、「白」は白骨のことだそうです。「云」のつかみどころのないもの、に比べて物質的です。魄は魂よりも物質的・肉体的な意味が強いと考えられます。魄には、稲穂が垂れ下がるに似た、落ち着き満ち足りて重く、下に降る力があります。非常に物質的 (目に見える) です。

魂は形のない無意識。形として意識できない無意識。機能的=陽。
魄は形のある無意識。形として意識できる無意識。物質的=陰。

こうまとめられます。もう少し分かりやすく展開します。

自覚にのぼる無意識

魂が感じ取れない無意識 だとすると、
魄は感じ取れる無意識です。ただし、冒頭でも言ったように、コントロールはできません。

魂の場合、
感じ取れない無意識とは、
◉深層心理としての無意識。
◉免疫・消化吸収・腸の蠕動運動・心臓の鼓動・睡眠・体温調節・睡眠時の呼吸、など。
東洋医学の「肝臓」って何だろう で説明したとおりです。

魄の場合、
感じ取れる無意識とは、
◉感覚…温痛覚・触覚・視覚・臭覚・聴覚、など。
◉本能的反射…呼吸・発汗・熱いとき手を引っ込める・食べ物を見てヨダレが出る・まばたき、など。
つまり、感覚・反射的動作です。感覚・反射的動作の異常は、まず肺臓を意識して治療していきます。

呼吸器としての肺臓

呼吸という言葉が出ましたね。魄の反射的動作、相傅の官としての役割、これらが合わさったものが「気之本」と言われる呼吸器としての肺臓です。

肺者.氣之本.魄之處也.<素問・六節藏象論 09>

ただし、呼吸は感じ取れる時と感じ取れない時とがあります。発汗やヨダレもそうですね。このあたりは魂と魄が協調して行う自律的機能と言えます。

もちろん呼吸に異常があれば肺臓を意識はしますが、決めつけることはできません。臨床的に、呼吸の異常を肺臓の異常とは見ずに、肝臓の異常と見ることもあるということです。こういうところが、東洋医学の機能的な部分です。物質的な臓器を度外視します。

体液循環と肺臓

肺をシンボライズする言葉、魄のつぎは、「宣発・粛降・通調」についてです。これは体液の循環をイメージすると分かりやすいでしょうか。循環そのものが機能なので、気でもあるのですが。

粛降とは

まず、粛降からです。
粛降とは、静かに下に降ることで、肝臓の上に昇ることの逆です。まず、おおざっぱにそう理解します。肺臓と肝臓は陰陽関係でした。肝臓と肺臓は協力し合って上にあげたり、下におろしたりして、体液の流通や循環を行うのです。

ストレスや運動不足によって、体の循環が損なわれた場合、肝臓・肺臓をうまく調整することで、病気を治していきます。「滞った気をめぐらせる」ということは、肩こりから癌まで、どんな病気を治す場合にも重要なことです。

膀胱による体液循環

体液循環の中で、肺がどのような役割を担うのか見ていきましょう。まずは大雑把な流れからです。

体液はまず、大腸にストックされます。それを膀胱が温め、上に向かって蒸発させます。蒸発したものは澄んだもので、これが体液として循環する最初となります。蒸発させて煮詰めたものが尿として下降します。こういうことが、人体生命のいちばん下の部分で行われています。

肺による体液循環

天者陽也.五藏之應天者肺.肺者五藏六府之蓋也.皮者肺之合也.人之陽也.
<霊枢・九鍼論 78>

人体生命の上の部分では、これと同じようなことが行われます。すなわち、肺は陽気を使って、皮膚に向かって体液 (汗) を蒸発させます。これが宣発です。宣発してもまだ残った体液がたくさんありますので、それが下降します。これが粛降です。

どの程度宣発し、どの程度粛降するのか。こういう調節をしながら体液を流通させる。これを通調といいます。だから、大小便がうまく出なかったり、むくみが出たりしたときに、肺臓を治療することもあります。

衛気…寒さの防ぎ

宣発について、もう少し詳しく説明します。膀胱によって温められ蒸発 (気化) した水蒸気は、温める力を持っています。それが肺臓によって、さらに皮膚に向かって宣発される。これを衛気といい、寒さから身を守るバリアのような働きをします。

衛気は温かい水蒸気のようなものです。よって衛気は体液循環のなかに位置づけることができます。

だから、悪寒をともなうカゼを引いた時は、肺臓や膀胱を治療するのです。気化・宣発の力のもとは、陽気すなわち温める力です。陽気の大本は腎臓にあります。

肺臓と膀胱は、このように腎臓と深く関係します。だから腎臓を強くすると、膀胱経 (脊柱起立筋) が強くなり、肺臓 (反射的動作) が強化されるのです。小児の脳性麻痺に腎兪を用いる理由です。

≫「 脳性麻痺 (1歳9カ月) 」をご参考に。

脳性麻痺は人体の外殻 (見た目) に大きな異変が生じます。これは痿病 (筋委縮性側索硬化症など) も同じです。

肺は皮毛を主る

このように肺は、人体生命のもっとも外側の砦となります。外郭、外殻、外堀…というイメージです。

肺主身之皮毛.<素問・痿論篇 44>

上っつら ですね。そういう要素が肺にはあります。

上っ面とは、どんなイメージでしょう。見た目。事務的。お役所的。お堅い。堅い。うわべ。浅い。形骸。

まとめ

まとめます。

肺臓は、心臓の実務的補佐官です。
肺臓は、肝臓の深い無意識 (魂) にくらべ、表面的に感じ取れる無意識 (魄) です。
肺臓は、体液循環と深くかかわります。液体は物質です。

以上のように、肺とは、非常に表面的・実務的・物質的な要素を色濃く持ちます。気 (機能) という目に見えない要素を基礎に置く東洋医学では異質といえます。

これが、五行で「金」に配当されるゆえんなのでしょう。

五臓のうちで重視されるのは、言わずと知れた「肝脾腎」です。深く重要なそれらを、浅い外郭として守る肺臓は、とうぜん多岐にわたる側面を持っています。これを理解できていると、難治で深い病気にも鍼を届かせることができます。

肺臓をつまびらかに理解することは肝脾腎を深く理解することにつながる。これは同時に、表面を見渡して裏面を洞察することでもあります。しかしそれは たやすいことではない。肺臓を理解するのは たやすいことではない、ということの裏返しでもあるのです。

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