「せんせー、またこの頃、みぞおちが詰まるのが、ひどいねん。」
「そうですかー。」
「夜は全然、つまらないんやけど。変やなあ。」
「よっぽど、気が張ってるんやなー。」
「でも、こんな性格やから。性格なんか変わらんわ。」
「・・・・・・・・・・・そうやな。性格っていうのは、つまり無意識やからな。無意識を変えるのは難しいですよ。普段の自意識の小さな一つ一つが、無意識という大きな受け皿に蓄積されるんやから。何十年もかかってプールした無意識が、一日二日で変わるわけがない。そういう意味なら、性格なんか変わらない、っていうのは正しい。」
「あ・・・そうか・・・。」
「でもね。毎日毎日、自意識をコントロールする努力を続けたなら、それが一年、二年と続いたなら、性格は変わります。無意識に少しずつ蓄積されたものは、日が浅いうちは少なすぎて、何も変わらないように見えるけど、年月をかければ、違いが分かるほど大きな蓄積になるんですよ。」
「うーん、そうか・・・」
「ぼくらでもね、こうやって患者さんの体に触れるだけで、体の言いたいことが分かるようになってきた。それはね、二十年も一生懸命やっていると、そういう蓄積ができてくるんです。イチローはこういってました。子供にね、『どうやったらイチローさんみたいに野球がうまくなれますか?』っていう質問に答えてね、『どんなに練習がきつくても、どんなに疲れていても、練習が終わったら、必ずグローブとスパイクを自分で磨いてください。毎日それを続けたら、うまくなれるよ』・・・こういうんですよ。イチローは、たぶん今でも続けているんだと思います。これはもう、祈りに近いな。逆に言うなら、『君たち、それができる? できないでしょ? だから僕みたいにはなれないよ』とも言いたいんじゃないかと思う。」
「そうか・・・努力しなければ・・・」
「そう、毎日の積み重ねは怖いですよ。」
「なんか、考えないとアカンな・・・。」
「目指すところは・・・。うん、海のような深い心やな。万物を養い育てるスケール。まあ、僕は水たまりぐらいやけど。」
「そんなことないでしょ、先生。」
「いやー、時々干上がるからね。海どころか池にもなれませんよ。文句ばっかり言ってるから。蓄積はこわいですね、ハハハ」
「うーん、私、そういえば文句ばっかり言ってるわ。気を付けないと。」
「ぼくも、せめて池くらいにはなりたいな。魚が養えるでしょ。水たまりだと、せいぜいミジンコぐらいやから。」
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