ハチさされ…胆経応用の試み

16歳。女性。
ちなみにウチの娘。
温かく晴れた日和が続く11月。アシナガバチが飛び交ってる。たぶん、交尾のため?
窓ガラスにあたってくる勢い。

そんな日が続くある休日、2階のトイレから降りてきた娘が泣き叫んでいる。
話を聞くと、トイレで蜂に刺された、とのこと。
戸の開け閉めのスキに蜂が迷い込んでいた? それがトイレに?
詮索はさておき、太ももの内側、足の付け根に近い場所を刺されている。
毒を出すために、局所を急いで刺絡。
血を絞りながら話を聞く。
蜂に刺されたのは初めてらしい。それがトイレで、しかもこんな場所。
涙をこぼして泣いてる。かわいそうに。
刺絡で毒を絞り出すと、鋭い痛みはましになった。
が、鈍い痛みがとれない。

とりあえず、みんなで夕ご飯。

それでも、じっとしていてもズキズキ痛い、とのことで、
「パパ、治療して。」
よしよし、そこに寝ろ。

脈診…
男脈。正気の虚があって邪気が取りにくそう。腹部なら滑肉門・天枢・大巨、背部なら胃兪・三焦兪・腎兪に反応が出ている可能性がある。

腹診…
臍に手のひらを翳す。虚の反応。空間は左下後ろ。左腎兪に反応が出ている可能性。
蜂の毒は、明らかに邪気の実。瀉法は必要なはずだ。臍が虚の反応とはやりにくい。とりあえず補法から入らなければいけないことは明白。
夢分流の肝の相火…左が実。右が虚。もしかしたら、左は実中の虚で、右は虚中の実かも。はっきりしなかった。左右のシーソーは動くのか? とりあえず保留。

原穴診…
左後渓に実の反応。取れにくそうな、触れているのが嫌な感じの邪気がある。これが蜂の毒だろう。これをどうやって取るか。
左丘墟が実。

背候診…
左腎兪が虚で、生きた反応。ただし古代鍼しか適応しない。
清熱解毒を疑い、督脈上をチェック。反応がない。

左下の空間に従い、左下の胆経と関わりのある穴処を補いたいところだが、胆経は全体に左が実。臍が虚なので、補法から入るべきだが、左胆経は実で補いにくい。どうしよう。無難に左腎兪を軽く補い、その後の反応に合わせて邪気を取るか…。いや、もっといい方法を探そう。というのも、ツボは一か所に絞った方が、効果が上がるからだ。

胆経にこだわっているのは理由がある。胆経は少陽枢機を主り、邪気を発散したり (開) 、邪気を大便とともに下したり (闔) できる。取りにくい邪があるときは、まず胆経を動かすべきだと考えるからだ。また、胆経は空間的に体の側面を流れていて、体前面 (陰経) ・体背面 (陽経) の双方を支配する。仮に陰病であっても、邪気を取ることが可能とみている。ただし、この使い方は一ひねり必要。戦術的には、正攻法ならぬ奇策・奇襲だ。

もう一度、左後渓に触れてみる。やっぱり、はっきりとした嫌な反応。…小腸兪は? 後渓 (小腸経) と関連が深い穴処だ。

小腸兪に触れてみる。おっ、あった! 左小腸兪にハッキリした生きた反応。しかも虚。補法が可能だ。しかも、胆経に関わる穴処 (胆経との交会穴) 。

とにかく、よく分からないので、鍼を刺さずに、左小腸兪にかざしてみる。気が集まる感覚を確認後、もう一度腹診。

よし! 臍の反応が実に変化。左肝の相火の実がより鮮明に実の反応を示す。

脈は…一変して女脈になっている。これで邪気は取れやすくなった。左小腸兪は、左腎兪の代わりを十分果たしている。

左後渓は…嫌な反応は全く無くなった。普通の実の反応。

うつ伏せになってもう一度、小腸兪を確認。左が実。右が虚。さっきの翳す鍼で、完全に反応が左右反転した。

もうすでに邪気はかなり取れやすくなっている。左右のシーソーは動き始めている。

左小腸兪の実の反応に、鍼を刺す。瀉法。7分置鍼。
抜針後15分休んでもらう。瀉法で小さくなった陰陽の場を回復させ、邪気よりも正気を優位にするのが目的。
後渓が左右そろっていることを確認。

「ヨシ、ええよ。起きても。痛みどう?」
「ムニャムニャ…ウーン全然痛くない。」
「そうか! いつから?」
「…うーんと、鍼を刺す前から。」
「鍼を翳したあたりからと違う?」
「そうそう。それくらいから。」

やっぱり…。左小腸兪に鍼を翳したことで邪気がかなり取れやすくなっていた。陰陽論でいえば消長関係を引き出せた、といえる。治療前は正気と邪気が拮抗し、邪気が取れにくい状態にあったようだ。左腎兪ではここまでの効果はなかったと思う。反応のある穴処を絞り込むと、かざしただけで鍼はすごく効く。体が大きく動く。聞く話だが、それは実際ほんとうの話だ。

弁証的に考えてみる。もともと娘は、腎虚と肝鬱気滞があり、そこに蜂の熱毒が加わった。藤本蓮風先生著の経穴解説、養老穴の頁に、脹れものは湿熱で、小腸経で下すことが可能、脾の湿熱よりも、多くは肝の湿熱、大便が下って治る、とある。蜂に刺されるとすぐに腫れてくるのは、局所的邪熱が津液を煎じ、湿熱を形成するためだろう。もともと肝鬱傾向にある人は、気滞と湿熱が結びつき、肝の湿熱という形になるのだろう。

今回の左小腸兪では、最初の翳す鍼で下焦を補い、その後の刺す鍼で湿熱を取り去ったと思われる。
手慣れてくれば、当然、鍼を左小腸兪に翳して補い、そのまま刺して瀉法するところ。 はた目には、お尻の左のツボに鍼を刺しただけにしか見えないはず。そうできるよう、一か所のツボに鍼をする深い意味を、一つ一つ自分のものにしていかねば。

寝る前、痛みはどうか聞いてみると、ズボンですれると痛いが、じっとしていると全く痛くない、「寝られそう。ありがとう。」…とのこと。
こっちこそ勉強になりました。ありがとう。

追記:その夜、痛みはなく、睡眠はいつも通り。翌朝、トイレでいつもより大量の大便が下った、とのこと。ああ、スッキリ。

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