肩甲骨の痛み…虚実錯雑を考える

62歳女性。肥満体形。

主訴・・・
右肩甲骨の痛み右肩甲骨の内側が痛くて、寝返り困難。

その他症状・・・
腰が全体的に左右とも痛い。
左下肢の外側が引っ張るように痛い。
うなじが痛くて眠れないことがある。
ストレスで胃が痛くなる。
空腹時に胃が痛くなる。≫虚証。

舌診・・・
紅舌気味。紅刺あり。黄膩苔。≫実証

脈診・・・
幅なし。≫傷寒論的に言えば、陰病。陰陽の幅が小さいため、少陽枢機に正気はとどかず、少陰枢機にステージが移っている状態。正気の虚があるため、邪実が取れにくい。この患者の場合、陰陽の幅は少ないが、気実 (気滞・気逆・陽亢) の邪があるので、よくしゃべるし元気そうにみえる。この邪が取れにくい。つまり性格的に落ち着きが出にくい。

腹診・・・
右滑肉門、実。重苦しい邪。≫正気と邪気が拮抗している。ゆえに邪気は取れにくい。
右肝相火、虚。左肝相火、実。≫虚実がハッキリしているので、少陽枢機は錆び付いていない。正気さえ届けば少陽枢機は動く。
神闕は虚。≫瀉法が適応しない。
空間診は、臍の右下に虚の偏在。

診断・・・
いわゆる、虚実錯雑である。

陰陽の幅が小さく、ゆえに正気が不足している。正邪は拮抗状態。正気が邪気に負けないよう、少陰枢機がその場その場をなんとかやりくりし、厥陰闔や太陰開に邪を移動させている。この邪は、太陽や陽明の邪とは違い、取れにくい。これを取るには陰陽の幅を増やして、少陽や陽明に転化させることが重要。

陰陽の場を増やすには、邪気よりも正気を優位に立たせ、正気を伸ばすことが必要。しかし、それが難しい。正邪が拮抗しているので、消長の法則が機能せず、ために互根の法則が前面に出る。こうなると、単なる補法では、正気も邪気も補ってしまうので、陰陽の場は広がるが、正気は伸びず、場はいずれ狭く戻ってしまう。単に瀉法すると、邪気だけでなく正気も損ない、場を狭くするだけでなく、勢力図も変わらない。

これが虚実錯雑の難しさ。

消長を復活させるにはどうしたらいいか。

ここで、足の少陽胆の特殊性を使ってみる。正攻法ならぬ奇攻法。フェイントだ。

敵は合わせて数万の軍勢を蓄えている。いま、そこから五百の軍勢が攻めてきて陣を張っている。味方の軍勢は合わせて五百。敵が大軍で一度に攻めてこないには訳がある。少陰枢機のおかげだ。少陰の働きで、本陣には敵は直接攻め込むことができず、しかたなく狭い谷間で足を止めている。さて、この谷間で、たがいに五百の軍勢同士がにらみ合う。味方軍は、この少ない手勢で、巨大な敵と対峙し続け、ゆくゆくは勢力図を逆転したい。普通にやっていると不可能。しかし、それをやってのけた武将もいる。もちろん、一つ間違うとリスクがある。

空間が右下に出ているので、右足の胆経関連の穴を探る。右申脈が反応している。
申脈は陽蹻脈を介して少陽胆経や陽明胃経とつながっている。陽明胃は元気に直接かかわる。正気を補うこともできると考えた。

申脈の左右を診る。右が虚・左が実。肝相火・丘墟など、足の少陽はことごとく右が虚している。

処置①・・・
右申脈にタフリー奇経鍼5番。まず補法を意識し、鍼を穴処に翳す。穴処が虚から実に変化した感覚を得たので、本当に動いたのか確認。

脈診・・・
幅あり。陰陽の幅が大きくなった。

腹診・・・
右滑肉門は実のまま。ただし重苦しさなし。邪気が取れやすくなった。
右肝相火、実。左肝相火、虚。左右が入れ替わる。
神闕は実の反応に。瀉法ができる。
空間診は、臍の右下のまま。
肝相火に同調するように、申脈穴も左右が入れ替わり、右が実になった。

処置②・・・
右申脈に瀉法。5番鍼を刺し、邪に当てる。この時点で脈幅が再び減少。このまま15分置鍼。

抜針後、寝間がえりをうつように指示する。

効果・・・
「ん? あっ、楽です!」

寝返りはノンストップ&フレクシブル。

その後、30分休憩させる。瀉法でいったん小さくなった陰陽の場を回復させるため。この間、熟睡。

「胆」という特殊なものを使った味方の軍勢。軍勢五百同士の決戦は、一分の利を得た味方の勝利に。ただし、勝利したとはいえ、多くの兵をなくしたことは否めない。しかし、この勝利を見て、味方したいと望む地侍が次々に合流し、逆に軍勢は決戦前の倍に膨れ上がる。かたや敵軍は、敗戦のショックで戦意戦力がやや減少。
・・・頼朝や信長も似たことをやりました。真理は普遍する。

再度、診察。

脈診・・・
幅あり。傷寒論的に言えば、陽病。陰陽の幅が足りている。少陽枢機に正気が届いている。太陽開と陽明闔が機能し、邪実が取れやすい。瀉法で陰陽の場が増えたということは、邪実が少なくなり、正気が伸びたということ。瀉が補に効いている。

腹診・・
神闕は充実。腹部全体の反応が平均している。神闕の上下左右の流通良好。

考察・・・
整形外科的疾患でも、すっとよくなるものもあれば、頑固でなかなかよくならないものもあります。頑固なものは虚実錯雑になっている場合が多いと思います。

内傷病の邪実には、気滞・邪熱・湿痰・瘀血があります。気滞はそのうち、最も取りやすい邪気である、と言われますが、それは陰陽の場が正常な大きさをもって機能している段階での話。陰陽の場が、その人の生活状況に比して小さい場合、気滞こそ最初に取るべき邪でありながら、それがなかなか取れません。

名医・藤本蓮風先生は、あらゆる邪を取る場合、気滞の邪を取ることが重要となる「気滞病理学説」を提唱されています。それは卓見であると同時に、取りにくい気滞をどうやって取るかがカギとなることを示唆します。

気滞の邪が居座る限り、正気は伸びることはなく、陰陽の場も広がることはありません。陰陽の場が広がらなければ、少陽枢機は機能せず、陽明闔 (湿痰・瘀血を下す) も、太陽開 (気滞・邪熱を発散する) も働きません。

虚実について、立体的な考察が不可欠です。

ともかく、邪気よりも正気を優位にし、そのうえで正常な陰陽の場に広さを戻し、それを維持する。今の課題です。

工夫は無限にあるはず。

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