咳喘息…麦門冬湯で咳が悪化?

初めてご来院の患者さん。

「咳が止まらないんです。ゴホッゴホッゴホッ! ひと月前から続いていて、抗生剤もきかなくて…。それで病院を変えたら漢方薬をだされました。昨日から、それを飲んでます。滋陰至宝湯 (じいんしほうとう) と麦門冬湯 (ばくもんどうとう) です。でもよくなりません。夜も咳で眠れないんです。」

「ひどい咳ですねえ。そもそも原因として、何か思い当たる節は? カゼをこじらしたとか、無理することがあったとか。」

「孫ができて、近所なので、いろいろ世話してるのが無理なのかなあ…。その程度です。」

◉興奮気味。カフェイン摂取多
◉咳は風呂に入っているとましになる。
…と、肝気実の所見あり。

また、
◉昼食後眠くなる
◉咽喉の渇き
◉寒がり…特に上半身。冬場。
◉皮膚の血の気が少ない。
といった、虚の症状もみられる。

心配事があると食欲がなくなるらしく、木乗土の症状がある。

虚が中心か。実が中心か…。 もう少し詳しく診ていこう。

咳は乾いた咳。いちど咳き込むと、なかなか止まらない。気が上に昇っているのは確実。だから咳がでる。

脈を診る。
細弦。
純粋な瀉法を行うには、幅や力が足りない。

腹を診る。
臍周に、取れにくそうな重苦しい、嫌な感じの邪がある。正気と邪気が拮抗しているとみる。
肝相火は左右差がハッキリしている。消長してバランスをとるためのスタンバイはできているとみる。
空間は左上の虚。瀉法は不適応。

正気と邪気が拮抗しているということは、勝負をかける (瀉法する) と正気が負ける可能性が高いということ。正気の力が弱い。しかも邪気が強い。

虚実錯雑だ。

そもそも虚実錯雑は、客観的病状の重さに比べ、主観的自覚症状が少ないことが多いと思う。自覚がないと無理のし放題になり、病勢は激しくなる。つまり、これからドンドン悪くなろうとしている。
癌などは典型例だろう。

初診の段階で、こういう虚実錯雑の患者さんは比較的少ない。
多くは、自覚症状に苦しみ、体をいたわることが多くなっているため、病勢はすで下降気味。つまり治る方向に向かっている。だから、治療がよく効くことが多い。初診がよく効く、というのは、臨床家の方なら経験があると思う。
一般的にはそういうことは言える。ただし、そうとばかり言えるわけではない。この咳の患者さんは、そんな予感。

証…肝鬱気滞 (気逆) ・虚労。この2つの側面があり、この虚実相反する両側面が拮抗し合っている。

左後渓 (虚) に鍼を翳し、正気を補う。穴処が実に変化した感覚を得、刺鍼。邪に当てる。5分置鍼後、邪を散らして抜鍼。その後20分休憩させ、治療を終える。

後渓を選穴した理由。
◉肝鬱気滞に効く穴性がある。
◉空間が左上の虚、左後渓も虚であることから、空間診の示す条件を満たす。
◉督脈の宗穴であり、督脈は一源三岐に由来し、太極に通じるため、原気を補うことが可能と考えた。
◉足少陽胆経と、子午陰陽の関係にある手太陽小腸経を使うことにより、 少陽枢機を動かすことができる。正邪が拮抗したときは、少陽を動かすべきであると考えている。
◉穴処に生きた反応がある。

「今日はこれで様子を見てください。できれば週に2回のペースで治療していきましょう。」
「ハイ、ありがとうございました。ゴホゴホ、なんか、すこし楽になりました。」

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2診目
「先生、実は前、治療してもらって、帰ってから漢方薬を飲んだ直後に、今まで以上に咳が出て…。それでもう一度、病院にいったら、漢方薬をやめて、西洋の薬に切り替えるっておっしゃって…。それで、その漢方薬をネットで調べたら、副作用として、激しい咳が出ることがあるって書いてあるんです。そんなことあるんでしょうか? なんか、漢方薬で咳が出た感じがしたんです。鍼してもらってから、楽になった感じがしてたんですけど。漢方薬が悪いのかなって…。」

「なるほど。で、お医者さんは漢方薬をやめて西洋薬を飲むように、と?」
「はい、切り替えますっておっしゃいました。」
「そしたら、そうなさってください。」

治療は前回と同じ、左後渓の補瀉。

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3診目
「先生、あれから3日間、楽になってたんです。でも昨日、また咳き込んで、夜までずっと続いてね、やっぱり漢方薬、良くないんでしょうか?」

「え? 漢方薬はやめてるんでしょ?」

「それがね、西洋薬がなくなったから、もらいに行って、もうましになってきたって言ったんです。そしたら、『あの漢方薬は絶対大丈夫だから、飲んでもらっていいですよ』っておっしゃったんで、残ってたのを3回ほど飲んだんです。」

「うーん、そうか…。漢方薬が原因で、咳が出てるような気がするんですね?」

「はい…。」

「じゃ、やめときましょ。西洋薬は続けて飲んでください。でも、西洋薬は、咳は止めても、体は良くならず、疲れも取れません。東洋医学の治療は、体をよくして疲れを取ります。それは鍼でちゃんとできてますから、漢方薬をおやめになっても大丈夫です。」

治療は左胃兪の補法。
これも虚実錯雑を意識した治療。
陰陽の場が非常に小さい状態での正邪拮抗に用いている。
胃兪・三焦兪・腎兪は、空間への影響力を強く持つ穴処だけに、正気を補いながらも、邪気を優位に立たせず、消長関係を引き出すことが可能。

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4診目
「どうですか? 咳。」

「はい、あれからもう大丈夫です。もう西洋薬も、やめていいですか?」

「ちょっと待ってね…、うーん、脈診では、一度にやめてしまうと悪化すると出てます。でも、このまま飲み続けてもよくないと出てますね。朝昼晩のうち、昼から少しずつ減らしていきましょう。でもね、西洋薬をやめようとお考えになるのは、すごく素晴らしい。そもそも咳は、ノドに炎症があるから出るんです。その炎症は自前で、自分の体が持つ免疫という回復力で治すのが本当。西洋薬に頼りすぎると、その回復力がサボって弱くなってしまいます。でも、急に薬をやめると、回復力が弱っているからまた咳が出て、悪化することもある。薬をやめるには、正確な診断ができる人に聞いてみるのが一番ですね。」

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そもそも、虚実錯雑とは、正邪が拮抗した状態とみている。
正邪を陰陽で分けると、正気は陽、邪気は陰。
これらの力がそろう、ということは、消長の法則が効いていない…つまり、互根の法則に移行しているということ。
互根の法則は、八味丸証に代表されるような、陰陽の場の小さいものに対して論じられることが多いが、場の大きさが正常でも、陰陽が拮抗すれば、互根はあり得ると考えている。

普通は、正気 (陽) を補えば邪気 (陰) が弱る…という消長関係を示すが、ある特殊な条件で、正気を補えば補うほど、邪気の量も増大し、症状が激しくなるケースがある。
典型例がガンだ。

補えば補うほど悪化。
下手に瀉法すると、これまた悪化。
互根関係から抜け出し、いかに消長関係を引き出せるかがカギになる。

本症例では、治療前から、気を付けるべき咳嗽だということが分かっていた。おそらく、単純な補法では、悪化しただろうと思う。

ぼくがまだ未熟な頃、やはり、咳のひどい患者さんに、脾兪を補ったことがあった。すると、顔が真っ赤に上気し、咳が止まらなくなった経験がある。ハッキリ悪化したので、よく記憶している。今思えば、虚実錯雑の状態だったと思う。その当時はそんな診断もできなかったし、そういうこと自体、意にも留めていなかった。だから、なぜ悪化したのかよく分からなかった。

ちなみに、このように、鍼はダイレクトに気を動かすので、効果が出るのも早いが、一つ間違うと悪化も早い。だからこそ、即座の反省が可能だ。これは漢方薬では、おそらくできない。今回の症例は、漢方薬を2~3日続けると咳が出ている。漢方薬は影響力の出方が鍼に比べて緩慢なので、ハッキリしない場合がある。だから漢方薬が原因かどうか、極論しづらい。

東洋医学は陰陽のアンバランスを矯正することで、病気を治す。これは傾いたヤジロベエを元に戻すようなもの。正しく重りを加えれば、ヤジロベエは釣り合う。誤って反対側に重りを足せば、ヤジロベエは指から滑り落ちる。このように東洋医学の治療は、体質にあまねく影響力を発揮する。普遍的影響力だ。この医学を使いこなせれば、体質改善という西洋医学には不可能なことをやってのけることができると言える由縁だ。

一方、西洋薬は、ノドのお薬なら、ノドにしか影響力を出さない。もちろん、抗生剤やステロイドなど、東洋医学的な脾臓や腎臓を大きく弱らせるお薬もある。しかし、東洋医学の普遍的影響力に対して、西洋医学は部分的影響力だ、ということは相対的に言える。だから、誤った鍼灸や漢方薬を処方するくらいなら、西洋医学のお薬の副作用のほうが害が少ないといえる。

結論をいうと、麦門冬湯が怪しい。このお薬に入っているニンジンは強烈に補気する作用を持つ。補法に効くお薬だ。虚が中心の咳なら、効果は抜群。しかし、今回のケースはどうだろう。虚実錯雑の場合、単純な補法では、正気だけでなく、邪気も補ってしまう。

麦門冬湯は咳を鎮めるのによく使われるお薬。ただし、副作用に「咳」とある。咳の薬の副作用が、咳…。おそらく、虚実錯雑で互根に入った時、そういう、まれで特殊な条件のもとで、咳の悪化が見られるのだろう。これを事前に見抜けるかどうかだが、虚実錯雑か否かの診断は難しい。ゆえに、麦門冬湯を処方して、誰に「咳」がおこるのか、当然、予測するのは難しい。だから「副作用」という、東洋医学には場違いな表現が使われているのだろう。しかし、東洋医学を真に求めるならば、予測できて然るべき。今回の症例は、そういう意味で貴重な経験となった。

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