膝痛…西洋医学と一神教

「ずっとましだったんですけど、このごろ膝が痛いんです。ヒアルロン酸の注射はちゃんと打ってもらっているんですけど…。」

「ヒアルロン酸の注射が体にいいとは限らないと思うなあ。だってヒアルロン酸って体内で合成される、いわば栄養分でしょ? それを外からドンドン足したら、自前で作る働きや、膝に供給する働きが、サボったりしませんか?」

「ああ…。」

「ましになったら、そういう注射は控えて、自前の働きを復活させるように仕向ける方がいいかもしれませんね。お医者さんの言うことが、すべて正しい、とは限りませんよ。なにせ、日本には西洋医学しかないから…。これは『一神教』と同じで危険なんです。」

「一神教?」

「人間の持つ『人間らしさ』というのは、宗教的な思考回路から来てるんです。たとえば人殺しは悪いことですよね。でも、野生動物は共食いを平気でやってるじゃないですか。ライオンが自分の子供を殺すこと、悪いことですか?」

「いや…自然なんでしょうね?」

「そう、動物はそれでいいんです。でもそれをやる人間は人間じゃないですよね。死者を弔うことも人間らしさです。人間独特の考え方は、みな宗教的な考え方に端を発しているんです。」

「なるほど。」

「この宗教がこのごろ物騒ですね。戦争とかテロとか、みな宗教絡みでしょ?イスラム教、キリスト教、ユダヤ教…。」

「ほんとにねえ!」

「これは、脳の機能構造に問題があるんです。」

「脳?」

「これらの宗教はそれぞれ、自分らのあがめる神のみを神とするんです。それ以外は神とは認めない。かなり独善的な思考回路です。」

「それは喧嘩になりますね。」

「そうなんですよ。その点、日本人はおおらかですね。八百万 (やおよろず) の神をあがめますから。山には山の神、海には海の神、机や箸にも、それぞれの神が宿ると考えます。こういう考え方を多神教っていうんです。多様性を受け入れる力ですね。独善的ではなく、異文化を尊重できる。尊重しすぎて、欧米文化に頭が上がらない…という弊害もありますけど…。」

「なるほど。」

「最も理想的な考え方は、一神即多神・多神即一神。例えば仮に、太陽をあがめるとする。しかも、太陽を知っているのは自分たちだけだと思い込んでいる。すると、日本では『太陽こそ神だ』という。アメリカでは『sunのみが神だ』という。中東では『الشمس‎ (クルアーン) こそが神だ』となる。バカげてますよね、みな同じ☀ですから。元は一つだが、地域によって呼び名が異なり、文化によって脚色が異なる。この多様性が多神だという考え方。同じ人でも前から見た姿・横から見た姿・後ろから見た姿は違うでしょ。それを『横顔しか認めない!』なんておかしな話です。神とは、つまりは真実でしょ?それはたとえ遠い異国にあっても、変わらないはずですよね。アラーもゴッドもエホバも仏も、呼び名が違うだけで『理想的真実』に名を付したものであると。ただし、各地域独特の文化的脚色を色濃く受けている。そういう考え方が大切なんです。」

「なるほどね。」

「日本の医療は、完全な一神教です。他の文化を認めようとしない。これは危険な考え方なんです。他の文化とは、東洋医学のことですね。インド医学なんかもそうですね。欧米では鍼灸師も立派なドクターとして見られるようです。日本では鍼灸師の社会的地位はかなり低いですね。勉強を怠り安きにつく鍼灸師が多いという問題もありますが。」

「そうなんですか。」

「政治でも二大政党がいいって言いますね。一党独裁は良くないでしょ? 中国とか北朝鮮なんか、そうですね。日本も軍部独裁で戦争を起こしました。」

「そうか…。」

「こないだの伊勢志摩サミットでは、抗生剤についての話し合いがあったそうですね。抗生剤の使いすぎで、抗生剤が効かなくなる時代が、もうそこまでやって来ているそうなんですよ。抗生剤が使えなくなったら大変ですよ。手術ができなくなるでしょ? 抗生剤は僕の知る限りでは、娘が小さいときだったから…たしか平成12年くらいの『ためしてガッテン』で、ただの風邪に安易に使ってはならない、と言ってました。このとき、厚生労働省がすでにガイドラインを出したって言ってましたから。それからこれだけ時間がたっても、抗生剤乱用の現状は全く変わってませんね。ニュースで見たんですが、抗生剤の研究者の先生がこうおっしゃるんですよ、『病院で出された抗生剤が、本当に必要なものなのか、自分で判断することが大切です』…どう思います? 判断しなければなならないのは我々じゃない、お医者さんですよ!」

「そうですよね!」

「つまり、専門家の指導を無視するお医者さんが多いんです。こういうお医者さんが令和になってもやっていけるというのは、医療界が一神教だからです。」

「そうなんですか…。」

「病気を何とか直したい! 患者さんを助けたい! これこそが医療の本質ですよね。本質は一つです。そこには、〇〇医学とかいう派閥や垣根はありません。でもアプローチの仕方は一つではない。西洋医学と東洋医学はアプローチの仕方が違います。アプローチの仕方が違うものを比較して、一方は正しく、一方は間違っている…こういう考え方は批判されるべきです。排他的で、独善的になるので危険なんです。西洋医学と東洋医学は、互いに異質なものだけれど、お互いがお互いに認め合い、お互いがお互いを助け合う、夫婦のようなものであればと…」

「ヒアルロン酸の注射、やめてみます。」

「そうそう、今の痛みが落ち着いて来たら、一回止めてみてね、それでまた痛くなるようだったら、またお願いしたらいい。苦しむ患者さんに向かって、『あなた癌です』っていう時代です。助けたいって気持ち、あるのかな? 一昔前なら、家族に内緒で伝えていたのにね。我々が賢くなり、どういう医療を選択するか、自分の考え方を持つことが必要な時代です。これから〇〇さんも年をとれば、必ずお医者さんのお世話にならなければいけない。だからこそ、そういうことなんです。」

「それで、痛いのはどっちの膝ですか?」

「右です。」

「どの辺? 前?横?後ろ?」

「前です。」

膝蓋骨を圧迫し、こすりつけてみる。

「痛い?」

「ハイ。」

脈・腹・顔の所見より、邪気は邪熱が中心。正気の弱りは脾虚が中心。
陰陽の幅が少ないうえ、正気と邪気の力関係が拮抗し、正気が邪気に勝てない状態。
そういう状態が、生命の中心部で起こっているのではなく、右膝という末端の『部分』で起こっている。
もしこれが、生命の中心部で起これば、内科疾患となる。

正気を邪気よりも優位に立たせ、陰陽の幅を増すことができれば、膝は楽になる。
痛みという赤信号を出す必要がなくなるからだ。 だから、
こうして膝を治すことができれば、内科疾患の予防につながる。

≫「痛み…東洋医学から見た7つの原因と治療法」をご参考に。

東洋医学には『未病を治す』という哲学がある。
簡単に言うと、病気を予防する、という意味。
でも、この概念には、西洋医学では考えも及ばないカラクリが包括されている。
上に挙げたのは、その一つ。

おへその下にある「関元」というツボを選ぶ。0番鍼を2ミリ刺入。
3分置鍼して鍼を抜き、20分休憩。
邪熱が取れ、脾虚が回復したことを確認し、治療を終える。

1週間後。

「先生、ウソみたいに治りました。日曜日には完全によくなっていました。治療の日が金曜日だったでしょ、土曜日はコーラスの練習には痛くていけないかな、と思っていたんですけど、その日になってみたらましになっていたので行きました。翌日の日曜日には、もう全く痛みはなくなっていました。」

「おお、良かったですね! ヒアルロン酸、自分で作れたでしょ!?」

77歳、自前の回復力は健在。

コメント

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました