発熱 12歳…営血分の熱

営血分の熱。これは300年前の清代に起こった「温病学」という東洋医学の一部門の中の概念だ。癌をはじめとした難治性疾患には、こうした考え方を用いた診断が必要不可欠である。基礎を学び実戦を踏んだうえで挑む学習部門である。

しかし、たかだか300年の歴史しか持たない温病学は、詳しい体系付けはこれからで、発展途上の分野だ。3000年以上の歴史を持ち、千年単位で発展・成熟してきた東洋医学。生命の奥深さを追求するために必要な時間の積み重ねである。その悠久の歴史から見ると、「たかだか300年」なのである。

とにかく、営血分の熱は診断が難しい。「熱が深すぎて所見に現われない」というヒントを恩師からいただき、ならば感じ取ろう、どこかに絶対あるはずだ、と探ってみると、あった。名医・藤本蓮風先生がおっしゃっているように、やはり章門。歴史的に何かと謎の多いツボだ。熱の場所が深すぎて、一見、熱の反応は見当たらないが、固定概念を退け、触診の発想を変えると、確かに熱が見える。

今年の夏は、暑かったり寒かったりを極端に繰り返す異常気象のため、ややこしい症状を示す患者さんが少なくない。そこには営血分の熱が絡んでいた。もし異常気象がなければ、問題にせずに素通りするところ。やはり、ピンチはチャンス。これを自分のものにすれば、大きな武器になる。

それにしても、絶えず勉強し続けていることが、時として得られるこうした成果につながる。これからも励まねば。先人の考えを学ぶことは基礎の基礎。理論をしっかり学んでおかないと、とんでもない勘違いを起こす。だが同時に、机上の空論で満足してはならない。理論と一致する現象を探り、この目で見る。この目で見ると確信が持てる。確信が持てれば、治療効果が如実に得られる。その積み重ねの中で独創的な考えも浮かぶ。このサイクルを多くの先人たちも繰り返し、3000年以上の時を刻んで今の東洋医学がある。

ともあれ、営血分の熱をうまく見抜き、治療することができれば、一般雑病を効率よく治療できるだけでなく、様々な難病に応用できる。出血を主とする病気…例えば各種の癌・潰瘍性大腸炎など。また、アトピー性皮膚炎にも。

以下に症例を挙げる。
10代男性。
治療日時…8月9日午後7時。

【症状】

昨日の夕食で肉を大量に摂る。
直後に嘔吐・悪寒・高熱。
その夜は寝苦しさ顕著。

発熱後、丸一日経過した現在も、
悪寒・39度近い高熱が続いている。
体はどこを触っても熱い。

だが、本人は熱っぽさの自覚はなく、非常に寒がる。
この日の最高気温は36℃。にもかかわらず、発汗は全くなく、寒さで震えている。
今日は一日中しんどかったが、夕刻になるにつれ、ますますしんどさが増してきた。

食欲なし。
口渇なし。
病院へは行っていない。

【所見】

舌診…背腹ともに淡白舌。潤。

脈診…左のみ沈脈。全体として脈は浮いていない。堅さもない。中位に外感の寒邪を示す脈あり。

腹診…左右の章門の邪の絶対量が同等。左期門に寒邪があり、これがメイン。左章門の下方深部に邪熱。

【解析】

まず、この猛暑の中、丸一日たっても悪寒が取れないというのが問題。
急に生じた悪寒があるということは、外感の寒邪に体が攻められている証拠。
悪寒が引かない限り、治らない。

それから、発汗が全くないというのが問題。
発汗しないと、邪熱は体内にこもり、外に出られない。寒邪も皮膚に張り付いたまま動かない。
うっすら発汗してくると、寒邪も邪熱も外に排出され、解熱する。

また、大量の肉食の直後、発熱しているので、肉のもつ熱性が発熱をひどくしていることは間違いない。
同時に、多食によって、陽気を生み出すベースである脾臓を弱らせ、クーラー・冷たい飲食などによる外襲性の寒邪に対抗できず、寒邪の侵入を許している。

≫東洋医学の脾臓って何だろう
≫外邪って何だろう…寒邪とは

ここまでは基本通り。
では、具体的にどういう病態なのか。

●麻黄湯の可能性

悪寒・発熱・無汗という症状から、まず疑わしいのは、表寒実証。具体的には麻黄湯証。鍼灸なら合谷など。
舌が潤っているのは寒を示す。
しかし、脈が浮いていない。麻黄湯証の緊脈も診られない。
単純な表寒実証ではなく、よって麻黄湯証は否定。

●葛根湯+白虎湯の可能性

食欲がなく、高熱が続いているところをみると、表 (体の表面) から、裏 (体の内部) に 寒邪が熱化して内陥した可能性がある。
胃に内陥すると、当然食欲はなくなる。
しかも、表の寒邪もまだ居座っているので悪寒が取れない。
表寒が裏熱を抑え込み発散できず、
高熱が続く。
ちなみに、この場合は葛根湯+白虎湯。鍼灸なら合谷+申脈+霊台など。
ただし、その場合、舌のどこかが赤くなったり、黄苔がでたりするはずだ。
この症例の場合、舌は明らかな淡白舌!寒を示す淡白舌だ。
よって、葛根湯+白虎湯も否定。

●四逆湯の可能性

表証もなく、裏熱もない。しかも悪寒。
こう見ると、四逆湯証…つまり寒邪直中を彷彿とさせる。鍼灸なら中脘・気海・関元などに灸。
しかし、そんな危険な状態ではない。
意識はハッキリしているし、手足も冷たくない。むしろ熱い。
よって、これも否定できる。

●麻黄附子細辛湯の可能性

ならば、麻黄附子細辛湯証では?
この証は、表・裏ともに寒の状態。裏を温め、表も温めて寒邪を散らす。鍼灸なら胞肓+合谷など。
本症例は、これで治療する漢方医が多いのではないか。脈が沈んで悪寒が強いのは、麻黄附子細辛湯証のセオリー通り。
だが、麻黄附子細辛湯だと、一時的に悪寒は取れるかもしれないが、おそらく熱は下がらず、それのみか、煩渇し意識障害を引き起こす悪化をみる可能性がある。
なぜなら、本症例は裏に邪熱があるからだ。邪熱に麻黄附子細辛湯は良くない。とくに附子が危険だ。
しかし、裏の邪熱は「葛根湯+白虎湯」のところで否定したはず。
それでも邪熱がある、という根拠は?

●章門が示す治療指針

その根拠が、左章門の反応だ。
章門の下方、深くて見えにくいところに、確かに存在する強い邪熱。
営血分の熱だ。
営血分に邪熱が入ると、口渇・熱っぽさといった「熱証」がはっきり出ない。
また、夜間が寝苦しくなる。そもそも、夜は体の表に出ていた陽気 (活動力) が裏に入る。裏に陰気 (クールダウンする力) が足りていれば、陽気は陰気で相殺され、安眠できる。ところが、営血分という深いところに邪熱があると、陰気はそれに対抗するだけで手いっぱい。夜になって裏に入った陽気は、安眠を妨げる邪熱と化す。昨夜は寝苦しくてしんどかった。治療当日は夕刻になるにつれて、しんどくなってきた。これらは、営血分の熱を裏付ける一つの材料になる。

インフルエンザなどの高熱を伴う感冒は、通常は葛根湯+白虎湯…つまり、表 (衛分) の寒邪が裏 (気分) の邪熱を抑えて、寒邪が悪寒を、邪熱が高熱を、という場合が多い。しかし本症例では、表の寒邪が営血分の邪熱を抑えている形。営血分に邪熱の中心があって、それが気分に波及し、発熱しているものと見た。高熱の本体は営血分にある。

【治療方針】

脾虚・寒邪侵襲・熱入営血分。寒熱錯雑・虚実錯雑。
かなり複雑。
正気 (脾気) を補い、寒邪を表まで浮かして取る。その後、営血分の熱を取り去る。
いわゆる先表後裏だ。
まず寒邪から手を付けるべき根拠は、左期門の寒邪がメインになっていることから裏付けができる。

ただし、寒邪の取り方が問題。
左のみ沈脈で、左右章門がそろっているので、このままでは左右が動かない。左右が動かなければ陰陽が動かず、治癒力を引き出すことができない。そこで、左右の境界である任脈を動かしながら、左右の消長を引き出し、陽気を増しながら寒邪を散らす必要がある。

寒邪をうまく散らすことができたとして、それで治療を終えるとする。すると、おそらく悪寒は取れるが高熱が引かない。熱の出どころである営血分を治療する必要がある。

【治療】

中脘に金製古代鍼。鍼を水平に寝かせ、穴処にかざして補法。その後、鍼を垂直に立て、皮膚に軽く当てて瀉法。
脈力が出る。寒邪を示す脈が消失。左期門の寒邪が消失。入れ替わるように左章門の浅部に反応 (邪熱ではない) 。章門の下方深部の邪熱は不変。メインが左期門 (寒邪) から左章門 (営血分の熱) に移った。

左三陰交に銀製古代鍼で瀉法。左章門の浅い反応、および下方深部の邪熱が消失。

【効果】

治療直後、悪寒消失。震えが止まり、うっすらと発汗。
「横になりたい」「みずみずしいものが食べたい」とのこと。

横になりたくなったのは、陰気 (クールダウンし疲れを取る力) が働き始めたから。
食べたいものが出てきたのは、脾臓の弱りが、ある程度改善されたから。

ちなみに、表に寒邪があって悪寒が強いときは、みずみずしいものは求めないことが多い。悪寒をひどくするからだ。ひどい場合は水の流れる音が耳に入ることさえ嫌がる。だから、そういうものが食べたくなるということは、表寒がきれいに取れたことを推測させる。また、裏熱によって陰が弱り、それをみずみずしいもので補おうとしている姿でもある。

ただし、この状態で、もし、冷たい飲食物をとると、脾臓を弱らせ、せっかく取れた悪寒が再発し、再び無汗状態になる可能性がある。
逆にもし、熱い飲食物をとると、発熱を助長し、せっかく復活した陰気を弱らせる可能性がある。
よって、人肌程度の温度のものを飲食するよう指導し、治療を終える。

【経過】

悪寒は再発せず、翌朝から昼にかけて解熱。その日の夕方…つまり治療の24時間後には完全に通常生活に戻った。

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