出血の治験

初診日 (20××.2.5) までの経過

71歳。女性。

1/15 朝の排便時に突然、肛門から大量出血。トイレが鮮血で真っ赤に染まる。痛みは全くない。出血後、しんどさは感じなかった。過去に出血の経験はない。1年前から脱肛がある (痛みはない) 。
1/16 朝の排便時、同様の出血。最近脱肛が腫れあがっていたが、出血後は小さくなった。

1/29 2週間ぶりに同様の出血。しんどくない。肛門科を受診。痔があるとのこと。出血を止めるための座薬が処方される。
2/1 3日ぶりに同様の出血。しんどくない。出血後も脱肛が腫れあがっている。座薬を使っている。
2/4 3日ぶりに同様の出血。フラフラする。しんどいので散歩に行かなかった。
2/5 昨日に引き続き、同様の出血。昨日よりもしんどい。病院には行きたくない。鍼治療を希望し、治療を依頼。

この患者さん、実は数年にわたり当院に通っている。初診当時は安定剤など15種類もの薬を服用しており、1日30錠以上の服用が多年に及んでいた。目の焦点すら合わない状態だったが、鍼治療で一つ一つ症状を除きながら薬を少しずつ減らし、現在は降圧剤1種類 (1日2錠) と安定剤 (1日半錠) のみにできている。10年ほど台所に立てなかったが、それができるようになり、化粧もするようになり、表情も豊かになり、毎朝40分の散歩をし、日常生活に全く問題がないところまで回復していた。

しかし、これらの薬がおそらく肝臓に相当な負担を与えたのだろう。アルコールを飲まないのにγ‐GTPが222 (正常値は48以下) で、危険値となっている。お医者さんは「なんでだろう」と言っておられるらしいが。

今回の治療の依頼は、このような経過があってのことである。

なお、1年前から脱肛があり、肛門科では「加齢による脱肛」との診断を受けている。この1年間、出血はなく、紙につくことすらなかった。ところが半月前から、いきなりの大量出血。これが続けて6回。しかも、だんだん出血が頻繁になってきている。この病状には、そういう激しさがある。

西洋医学的な病理

西洋医学的に見れば、γ‐GTPが危険値であることから、肝臓に負担がかかっていることは確かであり、肝硬変が始まっているのかもしれない。これにより門脈が鬱結し、直腸に静脈瘤を形成し、静脈瘤が破裂することによって大量出血を起こしている可能性がある。徐々に出血の間隔が狭まってきていることから、大きな異変が起こりつつある危険性を認識しておく必要がある。

肝硬変の病理

肝臓が健康な場合を考えてみる。小腸から吸収された栄養分は、門脈という血管を通って肝臓に運ばれる。門脈を流れる血液が肝臓に入ると、肝臓内では栄養分に含まれる毒を解毒する。解毒された栄養豊富な血液は、肝臓から出て全身を循環する。これが正常だ。肝臓は細かい血管の塊であり、常に血液が流通している。

解毒は肝臓の大切な役割の一つだ。体にいいはずの日常の食材も、分解される過程で毒が発生する。その毒を肝臓は無毒化して、尿として排泄する。アルコールを摂りすぎるとよくないのは、アルコールの分解過程で発生する毒により肝臓が傷つくから。しかし、アルコール摂取を休むと、傷ついた肝細胞はまもなく修復される。

修復の暇を与えないほど常に飲むと、肝硬変が進んでいく。普段の食事でさえ毒が発生し、アルコールでさえ休肝日が必要なのに、毎日多量の化学物質 (30錠の薬) を服用するとどうなるだろうか。

 

さて、もし肝硬変で肝臓内の血流が悪くなると、門脈の血液は肝臓内に入れず、門脈は口をふさがれたホースのように、圧力が上がってパンパンになる。行き場を失った血液は、門脈から枝分かれする細い血管に、しかたなく流入し、その血管の先で、血のたまった水風船のような瘤 (こぶ) 、つまり静脈瘤を作る。この枝分かれの細い血管は、食道や直腸にあって、食道静脈・直腸静脈と呼ばれる。これらの血管に瘤ができ、鬱血して破裂すると大出血が起こりやすい。≫参考

直腸静脈が鬱血すると、痔出血の原因となることが多い。そのため直腸静脈は痔静脈とも呼ばれる。本症例は直腸静脈瘤が破裂した可能性が非常に高い

食道静脈瘤の破裂

食道静脈が鬱血し、静脈瘤をつくるとかなり危険で、これが破裂すると出血過多で亡くなってしまうケースがある。肝硬変の末期、突然口から真っ赤な血がゴボコボとあふれ出すとともに、見る見る血の気が引き、さっきまで生き生きしていた瞳が、呼び止める間もなく人形の遠い目のようになってしまう。有名な「食道静脈瘤の破裂」である。

東洋医学的な病理

東洋医学的に見ると、出血は、虚寒タイプと実熱タイプに大別される。

虚寒タイプの出血は色が薄く、ジワジワ少しずつ出血するのが特徴。体は徐々に衰弱していくが、急に命の危険レベルにはなりにくい。ゆっくりと腰を据えて治療することが可能。

実熱タイプの出血は色が鮮やかな赤で、一気にドバっと出るのが特徴。出血が大量に過ぎると、命の危険もある。早く手を打つ必要がある。

本症例は実熱タイプである。

実熱タイプの治療ターゲットになる邪気は邪熱。邪熱の原因は、多くはストレスによる気滞で、浅い部分 (気分) で形成される。それが深い部分 (営血分) に影響し、血絡を傷つけると出血する。邪熱が作られる浅い部分と、出血の原因になる深い部分。この二か所の邪熱を取り去ると、出血しなくなる。

≫「出血…東洋医学から見た4つの原因と治療法
≫「正気と邪気って何だろう」…「邪熱とは

問題は、この東洋医学の理論通りに治療できるかだ。こういう出血の場合、日本を代表する名医・藤本蓮風先生は「血海・三陰交・膈兪の反応をよく見よ」と指導されている。これらの穴処のいずれかにハッキリした反応を見いだせるか。この手の感覚でこれが判別できなければ、目を閉じてバットをふるようなもの。出血を止めるなど到底およばぬことだ。

もし、明日も出血するとなると、衰弱が一気に進む危険性もある。薄氷を踏む思いに信念の橋を架けられるか!

初診 (2/5)

緊急を要することなので、日曜日に朝から往診に向かう。
顔色が青白い。耳にも血の気が薄い。舌も白い。
横になって目を閉じている。
血海に両手をふれる。左血海に非常に重量感のある邪気 (⧻) がある。ただし沈んでいて、このままでは邪気が取れない。一般の患者さんで、血海にこれほど強い反応は出ない。この邪気をきれいに取れれば、出血は止まると直感。まず、全体を調整して、左血海を浮かすことから始める。

腹診

臍の反応から。虚の反応。心神の治療は除外。
左不容の浅部に寒邪。寒邪はここ最近の急激な寒さに体が影響を受けたことを示す。
左不容の深部に邪熱。左章門の下、深部に邪熱。これらの邪熱は非常にとらえにくい。営血分の熱を示すと思われる。この熱の出所はストレスからくる肝鬱化火によるもの。
まず、浅部の寒邪を取らなければ、深部の邪熱がとれない。
左章門の熱が深すぎて、左血海にまで到達し反応が出ているのだろうか。
章門は左右の邪気の絶対量が同等。左右を司る胆経を動かす必要がある。
空間は左上が虚に偏している。左上の穴処が効果的である可能性。

脈診

沈脈。陰経の可能性。
幅は中等度。正気を補う必要がある。純粋な瀉法はできない。
中位の空間がない。いくつかのステップに分けて補う必要がある。

治療

以上をまとめると、左上の陰経に係わる穴処で、正気を補うことができ、しかも胆経を動かすことができ、寒邪を除くに適した穴処といえば…列缺※が浮かぶ。左列缺に触れる。効きそうな生きた反応がある。

※列缺については「2時間での解熱 (2歳) 」をご参考に。

左列缺に鍼。1番鍼を用いる。
まず、鍼をかざして補いやすい空間をつくる。
次に、刺入。穴処を補う。
さらに深く刺入。深部を補う。
さらに深く刺入。より深部に針先を運び、邪熱をとる。
その後、5分置鍼。鍼の入っている深さは約2ミリ。
その後、穴処を押えない瀉法の手技を用いて鍼を抜く。

左列缺後の反応は…
左血海の邪気が生き生きと浮いてきた。 よし!

念のため、他の所見も確認。
左不容の邪がとれる。
入れ替わるように、左章門に邪気が出る。その下の深い邪熱は健在。
脈は幅あり。瀉法が適応。
腹診。力あり、瀉法が適応。空間は左下が実に偏している。

左血海に鍼。5番鍼を用いる。約1cm刺入し、すぐに抜く。穴処を押えない瀉法の手技。

左血海後の反応は…
左血海の邪気が消える。
左章門の邪気および、その下の深い邪熱が消える。

「3日間、お時間を下さい。もし、この3日の間に、今日みたいな出血があったら病院に行ってください。とりあえず、毎日治療しましょう。」と伝え、治療を終える。とにかく、3日間出血しなければ、体力が回復し、危険な波打ち際から離れることができると考えた。

2診目 (2/6)

今朝、排便があったが、数滴の出血にとどまる。
顔色・舌色が回復してきている。
左血海に沈んだ邪気 (⧺) 。ただし、重量感は昨日の3分の2に軽減。
左不容浅部に邪気。初診は寒邪だったが気滞に変化している。左章門下方深部に邪熱。
左百会・左血海に鍼。左血海の邪気が消えたことを確認して治療を終える。

3診目 (2/7)

排便あったが出血はわずかに紙につく程度。
顔色・舌色がかなり回復。
左血海に沈んだ邪気 (+) 。重量感は初診の3分の1に軽減。
左章門に邪気。左章門下方深部に邪熱。熱が気分に出たか、あるいは新たな熱が気分に生まれたか。
霊台・左血海に鍼。左血海の邪気が消えたことを確認して治療を終える。

4診目 (2/9)

昨日 (2/8) 、朝の排便時に出血。ただし、量は以前に比べ少なく、半分くらい。
その日の昼にも排便時出血。この時も量は半分くらい。出血後、少ししんどく感じた。
今朝 (2/9) も、朝の排便時に出血。この時も量は半分くらい。出血後、しんどくない。

顔色・舌色に大きな変化なし。
左血海に沈んだ邪気 (+) 。重量感は2/7と同等。
左不容に邪熱。左章門下方深部に邪熱。
至陽に鍼。
左血海の反応は至陽の鍼で消える。血海に鍼を打つ必要がなくなったということは、営血分の熱の勢いが弱くなったということだろうか。だが、この2日で少量とはいえ3回も出血を見た。この辺が首をかしげるところだが、左血海の反応が取れれば出血は止まる、との当初の信念に基づき、治療続行。一度の出血量が減っているのだから、改善に向かっているとみる。

5診目 (2/10)

出血なし。紙につく程度。
左百会に鍼。
左血海に2/7と同等の邪気 (+) があったが、左百会で消える。

6診目 (2/11)

出血なし。紙につく程度。
左血海に初診の5分の1ほどの邪気 (±) 。
左百会に鍼。左血海の邪はこの鍼で消える。

7診目 (2/13)

出血なし。まったく紙につかない。
左血海は最初から邪気なし (-) 。完全に穴処が浮いていて良好。
左神門に鍼。

その後の経過

以降、3月10日現在にいたるまで、出血まったくなし。紙にもつかない。2/23には本人から、「脱肛が小さくなったので、もう出血しないと思う」という声が聞かれた。出血前は脱肛がキンキンに腫れあがるらしい。直腸静脈瘤が小さくなったのだろう。だとすると、門脈うっ血が改善した可能性がある。門脈うっ血が改善したということは肝臓が改善したと考えるべきか。

左血海の重量感のある邪は、3診目くらいから影を潜め、それに少し遅れるようにして出血が止まった印象がある。その後、血海そのものは、2/17 (10診目) に一度だけ鍼をしたのみで、ほぼ使用する必要がなかった。安定してからは、神門に処置をすることが多く、血海に軽く反応が出ていても、神門等の処置で消失した。神門には精神を安定させる働きがある。

余談

出血が止まるとともに脱肛が小さくなった。そもそもこの脱肛は、加齢による脱肛という側面もあるかもしれないが、直腸静脈瘤による腫れという側面もあると思われる。そう考えると、1年前に起こった脱肛は、今回の出血の序章であった可能性が高い。

実は、この2度の悪化には不思議な共通項がある。何年もかけて苦労して減らしてきた薬だが、これを自己判断で増やしているのだ。2度とも、そういうタイミングで起こっている。それらが偶然でないなら、悪化には2つの理由が考えられる。

1つは薬が再び増えたことで肝臓が限界を越えたから。
もう1つは「心の波風」が生じたから。

本症例のように、薬を多量に飲む患者さんは、薬を飲んでいないと不安になる性質をもともと持っている。医師はこういう患者が症状をしつこく訴えると、納得させるために薬を出す場合がある。そうやって薬が非常識なまでに増えていく。本症例の患者さんは、薬を増やすとき、あるいは増やす前、さらに言えば増やした後さえも、気持ちが大きく揺れ動いていたはずだ。

出血の治療を始める前、まずこのことを諭した。
「いずれ死んだときにね、三途の川の渡し場で、仏様が姿を変えて現れて、『天国はこっちだよ』と招いてくださる。でも、〇〇さんは不安がってそっちに行かないな。」

薬をやめてもいい体になったならば、薬を全部やめてもいいという覚悟を持つよう促した。血圧を1日に何度もはかる癖も、当院で毎回はかることを条件にやめさせた。もちろん数値は伝えないという前提で。
ストレスのソースを断っておくことが必要と感じたからである。

自分の力で何事も解決しようとしていくことは大切だ。特に若いうちは。だか同時に、大きな自然という存在に身をゆだねざるを得ないことを自覚し、その恩恵を素直に感謝すること※も同じくらい大切。前者については「自分のことは自分でしましょう」と僕も幼稚園で教わった。しかし、後者について教えるものは少ない。心に波風が起こる原因として、前者と後者のアンバランスから起こるケースは少なくない。

※「火・水・土…感謝」 ・ 「感謝の練習」  をご参考に。

東洋医学的に見ると、心の波風は肝気鬱結を生み、肝気鬱結は邪熱を生む。恐ろしい出血や鬱血の原因となる邪熱を。実は、そこまで原因を見極めていないと治療は難しい。また、そういう原因に踏み込む方法を持つからこそ、東洋医学には無限の可能性があるのだといえる。

3月6日の治療で。
「飲んでない薬、今まで一応取ってあったけど、全部捨てたんです!」
「ほんま? すごいやん、えらかったなあ!」
晴れやかな笑顔を見せてくださった。

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