胸が苦しい

60才。男性。
遠方から泊りがけで来院。

胸が苦しく、立っていられない。
現在、ベッドに寝ている状態で、動悸がする、胸が苦しくて詰まる、気持ち悪い。

原因はご自分でよくわかっておられる。とにかく、仕事が忙しい。ストレスがあり、イライラする。
食欲はいつも以上に旺盛。

顔面気色診

顔を1.5m離れたところから診る。
鼻柱 (肝) に緊張。肝鬱がひどい。
鼻頭 (脾) に正気が乏しい。水面下で脾の弱りが強くなっている。
鼻の下 (腎) に熱。深い部分に熱がある。

舌診

紅舌色あせ、やや暗紫、薄白苔。

腹診

左不容に気滞。この邪が上方に延長していて、第三肋間に至る。この種の邪の出方は、狭心症などの痛みや苦しさがある場合に出ることを経験している。

乳頭 (第四肋間) よりも下に邪の先端部が後退すると胸の症状が取れる。

左不容の深部に邪熱。
章門の邪は左>右。

脈診

脈の位置が、左が沈位・右が中位。

脈管の中心は陰陽の境界を意味すると考えている。この境界が左右でずれているということは、境界そのものが侵されているということ。この場合の境界は左右の境界ではなく、深浅の境界である少陽で、ここに問題がある。

少陽に問題があると、邪気の排出 (勝ち戦) も正気の回復 (負け戦) も困難になる。境界が侵されているということは正邪が拮抗しているということ。

この場合、正気のみを補うと邪気も同様に力づけてしまう。邪気を瀉すと、正気も同様に弱らせてしまう。正気を補いながら、胆経の左右に動かす力を利用して、邪気を上回る正気の一分の利を得て、正気を回復させ、邪気を取り去る必要がある。そう考えている。

脈幅は中等度あり。

治療

左百会。5番鍼で6分置鍼。
まず、穴処に鍼を接触し正気を補う。そののち刺鍼し気滞の邪に当て、そののち深く刺入し邪熱に当て置鍼、6分後穴処を按じない瀉法の手技で抜鍼。

以上の処置で再び腹診。不容から延びる邪の高さは変わらない。
ただし、純粋な実証になる。鼻柱 (肝) を診るとまだ邪気が残る。左不容は邪熱の反応に変化し、深部の邪熱は取れている。
右肝兪。5番鍼で瀉法。速刺速抜。

腹診。不容から延びる邪の高さは第五肋間の高さまで下降。
「ちょっと楽になったでしょ?」
「ハイ、動悸がなくなりました。」
まだ鼻頭 (脾) に力がない。また、鼻柱 (肝) の表面に邪気が残っている。
左少沢・左関衝・左商陽。銀製古代鍼で瀉法。

鼻頭に力が出る。鼻柱がスッキリする。
「よし、これで楽になると思います。ただし、今日はゆっくりと過ごしてくださいね。」
その後20分ベッドで休んでもらう。

10分経過したと思われるころ、突然、壁を叩く音がし、唸り声が聞こえる。
まさか、と思いカーテンをのぞいてみると、気持ちよさそうに伸びをしておられる。その音だったか、ハハハ。

20分経過したので再度診察。
「いま、胸はどうですか?」
「あ、まったく何もないです。」
「食欲にまかせて食べたらあきませんよ、体はとても弱ってるから。食べ過ぎたらまた胸に来ると思うので気を付けて。今ある食欲はうその食欲やから。普段通りに食べてくださいね。」
そう注意を与えて治療を終える。

一週間後来院時まで胸の苦しさの再発はなく、体調良好。

考察

簡単に言うと、火事場の馬鹿力を常に出している状態。気だけで持っている。体は水面下で相当弱っている。躁と鬱でいうと、躁の極まりつつある状態。完全に極まると鬱に転じる。仮に鬱に転じると動けなくなるはずだ。実際に去年そういう経験をなさっており、甲状腺炎で高熱が1か月続いてまるまる寝込んだ。
「今の状態はその時と同じなんです…。」
鬱に転じる前に、躁を落ち着かせる必要がある。

正気の弱りがあり、気滞・邪熱が非常に取れにくい状態にある。いわゆる虚実錯雑である。左百会で正気の一分の利を得て実証に変える。これが非常に重要で、いきなり肝兪に鍼をすると、邪気を沈ませて心臓発作を起こしてしまう危険がある。実証に変えておくと、肝兪は素直な反応になり、太めの鍼を一定の深さまで刺すだけで、簡単に邪気が取れる。

これで胸中を犯している邪は取れ、胸は楽になるが、本症例では内生の風邪 (ふうじゃ) がまだ残っていた。これを残しておくと、病状は安定せず、再び気滞・邪熱が増え、胸中を犯す。よって古代鍼で少沢・関衝・商陽に瀉法することで、風邪を取り除いた。

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