ホットフラッシュ、肩髃で消失

主訴

4月3日診察。48才。女性。

ホットフラッシュがあり、首から上が熱く、項 (うなじ) が凝ってしんどい。特に気温が高くなる午後3時からがひどい。もともと暑いのが苦手。今日は朝から気温が高いので、朝からのぼせてしんどい。

望診

天突に反応なし。≫表証は絡まない。

脈診

左右とも中位。幅なし。≫純粋に正気を補う必要がある。

腹診

右少腹に瘀熱。≫取るべき邪気がある。この邪気は奇経を補って正気を優位に立たせることで自然と取れる。

空間診

臍の右上に反応。≫右上の穴処が最も効きやすい。

選穴

脈幅がなく、腹診に邪があるので奇経を使う。
「冬至…営血分の熱」をご参考に。

どの奇経を使うかは穴処の反応を診てからだが、春分以降は陽の幅が増し、陽維脈のキャパが増すべきであるこの時期、体調がよくない場合、陽維脈が病んでいることが多い。
「春分…陽維脈を取る」をご参考に。

ゆえに陽維脈の穴処に反応を探す。まず、空間診に従うと右上の穴処が候補となる。陽維脈の宗穴である外関を探るが左右とも反応なし。陽蹻脈を疑い、右肩髃を探ると生きた反応がある。そこで、問診を行う。

「いまも暑いですか?」
「ハイ、暑いです。顔か熱くて項が凝ります。」
「暑いと言っている割には、キッチリとご自分で布団をかけてますね。これがないと寒い?」
「ハイ、寒いです。家でも、服を着たり脱いだりしています。着ると暑いし、脱ぐと寒いです。毎年この時期はこうなります。」

この問診で、肩髃が効くことを確信する。

治療

右肩髃に鍼。2番鍼を用いる。直刺で3mm刺入し補法。6分置鍼後、穴処を押える補法の手技で抜鍼。15分休憩させ、治療を終える。

効果

抜鍼時、頭部の熱さ・項の凝りともに半減している。15分休憩後、症状がまったく無くなった。4日後来院時で症状の再発なし。

陽蹻脈とは何か

肩髃について

肩髃について。代田文誌先生の「鍼灸治療基礎学」では、甲乙経・類経を参考に取り、大腸経・小腸経・胆経・陽蹻脈が交会する穴処であるとしている。ここで重要なのは、陽蹻脈と胆経である。

陽蹻脈は奇経で、正気を補いながらも邪気を元気づけない※¹。

胆経は瘀血やその他の邪気を取る働きがある※²。また胆経は空間的に影響力を持つ穴処が多いが、名医・藤本蓮風先生のおっしゃるように、肩髃もその一つである。たしかに肩髃は体の左右の上の角としては最も端にある。これは頭部や会陰・足底に次ぐ。注目してよい穴処であると思う。

※¹「冬至…営血分の熱」をご参考に。
※²「春分…陽維脈を取る」をご参考に。

そもそも陽蹻脈とは、跟 (かかと) を起始点として申脈から始まり、いくつか穴処を経て、居髎・臑兪で陽維脈と交会し、肩髃などを経て、晴明で陰蹻脈と交会し、風池 (陽維脈と交会) に終わる。空間診で下に出るなら、迷うことなく申脈が候補となるが、上に出た場合はどこが最も効果的なのか、興味を持っていた。

臑兪 (小腸経) や風池 (胆経) も重要穴処で、陽維脈と陽蹻脈と交会しており、これらを同時に補うことができる。肩髃は陽蹻脈との交会にとどまるが、空間的影響力は肩髃が勝るかもしれない。

奇経八脈考をひもとく

陽蹻脈だけを取り上げていても埒が明かない。総論に視野を広げてみよう。
奇経について李時珍の「奇経八脈考」ではどういっているだろうか。

陽維は諸陽の会より起こる。外踝から出発し衛分を上行するなり。
陰維は諸陰の会より起こる。内踝から出発し営分を上行するなり。
一身の綱維なるゆえんなり。

陽蹻は跟 (かかと) 中より起こる。外踝を循り、身の左右を上行するなり。
陰蹻は跟 (かかと) 中より起こる。内踝を循り、身の左右を上行するなり。
機関をして蹻捷ならしむるゆえんなり。

督脈は会陰より起こる。背を循り、身の後を行き、陽脈の総督となるなり。ゆえに曰く、陽経の海なり、と。
任脈は会陰より起こる。腹を循り、身の前を行き、陰脈の承任となるなり。ゆえに曰く、陰脈の海なり、と。
衝脈は会陰より起こる。臍を挟みて行き、上に直衝し、諸脈の衝要となるなり。ゆえに曰く、十二経脈の海なり、と。

帯脈は、則ち腰において横囲す。状は束帯のごとし。諸脈を総約するゆえんのものなり。

このゆえに、
陽維は一身の表を主り、陰維は一身の裏を主る。乾坤 (天地のこと) を以て言うなり。
陽蹻は一身の左右の陽を主り、陰蹻は一身の左右の陰を主る。東西を以て言うなり。
督は身の後の陽を主り、任・衝は身の前の陰を主る。南北を以て言うなり。
帯脈は諸脈を横より束ねる。六合 (天地東西南北のこと) を以て言うなり。

両維脈・両蹻脈の共通点

活動 (陽) と休息 (陰) にスポットを当てて、ざっくりと考える。

まず、目を引くのが、督脈・任脈・衝脈が、すべて会陰から起こっているという点だ。つまり、督脈・任脈・衝脈は奇経の中でも似た者同士と言える。一源三岐 (「類経」) と言われる部分である。

そういう観点で見ると、陽維脈・陰維脈・陽蹻脈・陰蹻脈は、すべて内外踝のあたりを起始点にしていることが言える。これらも似た者同士だとすると、両維脈・両蹻脈は共通点があるはずだ。では、どういう共通点が考えられるだろう。

1年という大きなサイクルで見ると、春分から秋分 (夏場) と秋分から春分 (冬場) では、生命の陰陽のありようが違う。夏場は陽 (活動・衛分) のキャパが大きく、冬場は陰 (休息・営分) のキャパが大きい。これを支配するのが両維脈だと考える。

「肋間神経痛」をご参考に。

1日という小さなサイクルで見ると、夜明けから日没 (日中) と日没から夜明け (夜間) では、生命の陰陽のありようが違う。日中は陽 (活動・衛分) のキャパが大きく、夜間は (休息・営分) のキャパが大きい。これを支配するのが両蹻脈だと考える。

両維脈・両蹻脈の共通点は、衛分と営分を調整することで、活動と休息という陰陽を調整すること。このように仮定する。

両維脈・両蹻脈の相違点

違う点はというと、活動と休息の交代は、1年では1回ずつしか変わらないが、1日では365回ずつ変わる。つまり、1年を支配する両維脈は「一身の綱維なり」と言われるような「根本的骨組み」であり、1日を支配する両蹻脈は「蹻捷なり」と言われるような「臨機応変の敏捷 (びんしょう) さ」なのである。

その他の注目点

両蹻脈が互いに跟中と晴明で交会していることは注目すべきである。両蹻脈は一つの環のようにつながっている。これは両蹻脈が互いに連携していることを示す。生命の活動と休息は、まず目 (晴明) を見開きあるいは閉じ、足 (跟中) を動かしあるいは停止するところである。朝が来れば目を開き足を動かす。夜が来れば目を閉じ足の動きを止める。「機関をして蹻捷ならしむ」という言葉と通じるものがある。機関とは股関f節やハムストリングス (承扶) のような大きな関節や筋肉を指すとされる。

両維脈は、起始点が内踝と外踝で異なり、全体を見ても両脈が交会する穴処がない。これは両維脈が互いに依存しあわない関係であることを示す。

一方、共通点として、踝 (くるぶし) のあたりが起始点となるが、これは足 (活動と休息) に係わるということである。その他の特徴としては、陽維脈には風府・瘂門が属し、これらは督脈と交会する。陰維脈には廉泉・天突が属し、これらは任脈と交会する。つまり、陽維脈は督脈と連携し、陰維脈は任脈と連携していると言える。

このような任脈・督脈における正中線上の穴処との交会は両蹻脈にはない。つまり、両蹻脈は任脈・督脈の根本的な陰陽の枠組みからある程度独立したものであることを示す。

また、陽蹻脈・陽維脈は互いに居髎・臑兪・風池で交会しており、これは二脈が近い関係にあることが言える。二脈は協力し合って、夏場の活動を速やかにしているのか。事実、この時期、申脈・肩髃など (臑兪・風池も) の陽蹻脈の使用頻度は、外関・金門・陽交など陽維脈の使用頻度に次ぐ感がある。陽維・陽蹻の二脈は、陰蹻脈とも関係を持ちながら、夏場の陰のチャージを、夏場全体としては活動に傾きつつもなされる夜の睡眠による陰のチャージを、これをスムーズにしているのだろうか。もう少し詳しく考えてみよう。

交会穴から分析する

衝脈・任脈・督脈が一源三岐であることはすでに述べた。この三脈が奇経の根本であることから、両維脈・両蹻脈はそこに付属するものであることは疑いないところだと思う。

だとすると、陽維脈は督脈と、陰維脈は任脈と連携しているので、残る両蹻脈がこれらにどうからむかということになる。ここで交会穴が重要となる。任脈&陰維脈グループには、任脈の承泣 (胃経) に陽蹻脈が交会しており、陽維脈・陰蹻脈は交会しない。督脈&陽維脈グルーブには、督脈の晴明 (膀胱経) に陽蹻脈・陰蹻脈がともに交会しており、陰維脈は交会しない。

このことから以下の推察をしてみた。

冬場、陰維脈を補えば任脈も補えるので、陽蹻脈も補える。陰維脈で基本は休息の状態をベースにしながら、パッと動ける陽蹻脈も維持しておく。冬場であっても活動は必要だからだ。

夏場、陽維脈を補えば督脈も補えるので、陽蹻脈・陰蹻脈も補える。陽維脈と陽蹻脈は関係が深いことは先に述べたが、活動をベースにする夏場としては、この二脈の連携が重要となる。どちらもそれぞれ重要だといえるだろう。だが例え夏場と言えども休息は必要なので、短く質の濃い睡眠を陰蹻脈の素早い働きによって補う。

陽脈の海である督脈に陰蹻脈が入り、陰脈の海である任脈に陽蹻脈が入っているという構図は非常におもしろい。臨機応変の素早さをもつ両蹻脈は、あえて相反する陰陽につながりを持ち、陰陽の規格にとらわれない自由さを保持するのだろうか。

まとめ

さて、陽蹻脈とは何か。まとめてみよう。両維脈が天地 (表裏) という根本的陰陽を支配するのに対して、両蹻脈は東西 (左右) という変化にとんだ陰陽を支配する。たしかに、天地は誰がどこで見ても不変のものだが、東西は立つ位置によって変化するので絶対的なものではない。日本が東にあるとは言えないのである。天地という絶対的空間が確立したうえで、東西という概念が根づくことができる。

これを人体でいえば、両維脈の絶対性の上に、両蹻脈の臨機応変性が乗っかる。両維脈による表裏の気血の出入がうまくいったうえで、両蹻脈による1日の表裏の出入がうまくいくべきである。綱維の上に蹻捷さが加わると万全である。基礎がシッカリしたうえで応用が加われば理想的である。不動の信念の上に臨機応変が加わればよい。自然の理法にかなう帰納ができれば、この理解はおそらく正しい。

そもそも、睡眠と活動は両蹻脈が関わると言われる。例えば跟には失眠という奇穴があるが、これは両蹻脈の起始点を意識した穴処であると言われる。両維脈を調えると衛気がスムーズに営分に入って入眠しやすい、そういう意味で失眠穴は用いられる。今の時期に陽蹻脈を補うと有効なのは、日中に衛分のキャパがパッと大きくなれない場合に対してであると思われる。衛分のキャパが大きくなると、衛分に陽気がまとまって集まりやすく、まとまった陽気は、容易に営分に入って入眠に導く。衛分のキャパが少ないままだと陽気が衛分でまとまることが出来ず、まとまって出入できないと入眠しにくいし熟睡もできなくなる。

陽蹻脈とは何かを紐解こうとするなら、実際に陽蹻脈を使って感じ取らなければならない。そのためにも、こういう仮説をつくって陽蹻脈を使える機会をうかがっていた。本症例の症状は全くこの仮説に当てはまる。1日の気温の上げ下げ…つまり陰陽の消長の落差に、衛陽の出し入れがついていけていない。衛分のキャパが大きくなるべき日中に、いつまでも営分のキャパが大きく衛分は小さいままなので、本来衛分に出るべき衛陽が営分にこもって衛分に出られない。だから内に熱がこもって、しかも活動的になれずにしんどい。

そこで、腎臓はこのこもった衛陽を何とかクールダウンしようとしてもがく結果、陽亢を起こして項が凝る。また、衛分に衛陽が足りないために、陽の総督である督脈や分岐である背部膀胱経あるいは陽維脈の、衛分を支配する経絡 (=浮絡) が温煦推動機能を失墜し、風寒の邪はないものの、太陽病のような形で項が凝る。本症例の項の凝りはこの2方面で説明できるかと思われる。こうした気の出入を妨げていたのが右少腹の瘀熱である。

肩髃という一ケ所の鍼で、このようなハッキリした効果が見られたということは、陽蹻脈の一側面を理解できていたからだと思われる。謎の多い奇経ではあるが、仮説を作ったり崩したりしながら、次の応用につなげたい。

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