20年診続けた患者さん

先日、自宅に来客があった。
患者さんだ。87才の女性。お中元を届けに来て下さったのだ。
お孫さんに車で送ってもらい、わざわざお越しくださった。
20年前の初診以来、毎年いただいている御心遣い。

正直、驚いた。
表情冴えず、足元おぼつかない様子だからだ。

実は、1か月ほど前に治療所に電話があり、「しばらく治療に行けなくなったので、先生によろしくお伝えください」との伝言。
2週間に1度、治療に来られていたが、いつ伺っても「おかげさまで、どこもしんどくないです」とおっしゃっていた。だから、調子がいいので何かあるまでお休みされるのかなあ…と。
元気にされていると思い込んでいた。

「大病をしまして…。先日退院したばかりなので、もう少し治療はお休みいたします…。」
聞けば、乳ガンの手術をしたらしい。しこりを検査してもらったら手術した方がよいと。

実は2年前にしこりがあることに気づいていた。相談を受けたので2週間に1度ではなく、週に2回の治療をお勧めしたことがある。検査の結果、ガンではなかったらしく、結局、週に2度の治療はしなかった。そのときのものが、ガンと診断されたらしい。

「こんな無理をして届けてくれなくても…。ありがとうございます…。」手はいつのまにか、少しやせた肩をさすっていた。お孫さんに助けてもらいながら車に戻られる姿を見送りながら、気の毒でやるせない気持ちとともに、僕の “信念の確かさ” を再確認した。‘

実は、ここ数年、折を見ては諭し続けていた。
「自分で調子がいいと思っていてもね、水面下で疲れが膨らむことがあるんですよ。今、〇〇さんはその状態だと僕は見てる。」
なかなか、こんなことを言っても信じてもらえるものではない。20年間、僕を信じてついてきてくれた患者さんでもそうなのだ。

今年に入ってから、諭し方が少し変わった。
「今年の春・夏が勝負ですよ。週に2回の治療、これが必要です。それと今年の春・夏に散歩、もう一回頑張りましょ。それで体力がついたら、まだまだ元気で長生きできます。でも、それができなかったら、厳しくなります。最後のチャンスかもしれません。」

もともと、かなり弱い方だった。少し無理をすると体調を崩された。冷えがきつく、真夏にクーラーを切って治療したこともあった。腰や背中が痛くなり、動けなくなることを年に数回繰り返していた。それが、近所の人々が「〇〇さん、元気にならはりましたなあ!」と口をそろえて言われるくらいに回復した。治療に熱心に通い、こちらが指導する散歩を毎日根気よく実行されたからだ。ここ10年はほとんど症状らしい症状もなく、2週に1度の治療で元気で過ごされていた。

しかし、4・5年前から、この治療間隔では足りないと感じていて、それを折を見てはお話しさせていただいていた。予想通り、昨年の9月に圧迫骨折を発症し背中の激痛が出た。このときは毎日治療に通って来られた。1か月弱できれいに痛みは取れ、それ以降は再び活動的に生活できるようになられた。「2週に1度の治療では圧迫骨折が出たでしょ。これは体力にひずみが出てきたということです。症状がなくても、今後1年くらいは週に2回治療してもう一回体力を回復させましょう。」

しかし、10月になると治療間隔は週に2度から1度になり、11月からは2~3週間に1度になった。元気になったので安心されたのだろう。しかし、僕は危機感をつのらせていた。「このままでは、何か起こる。もっと元気でいてほしかったが、もう、あきらめるしかないのかな…。」そんな悲しい気持ちでいた矢先に届いたのが、冒頭のお電話だった。治療は6月8日で途絶えている。しかもその日の診断は悪化直前である。

治療家として、大切なことがある。患者さんの訴えの有無にかかわらず、健康状態が良好なのか不良なのかを見極める診断力だ。本症例のように、ガンが発覚する直前というのは無症状であることが多い。これを思えば症状が消えたからといって、正しい治療ができたとは限らない。無症状だからといって安心してはならない。症状の有無を超越し、体に問題がないかを見抜く技術が必要だ。これがなければ、患者さんは本当に安心して体を預けることができない。

患者さんが「ここがつらい」といえば、薬を一つ増やす。あるいは鍼をそこに打つ。昨今の世情である。そうではなしに、患者さんの訴えを診断の一材料とし、患者さんの体が、心が、今どういう状態にあるのかを術者自身の主観で診立てる。そのうえで、治すためにはどのような治療が必要なのかを、先人の築かれた治験に学びながら、より一歩進んだ方法を構築していくことが大切だ。

そのようなことができていたとしても、そこからがまた難関だ。今回の症例がそれを物語る。患者さんとともに歩む…。技術だけでは及ばないものがある。それでもなおかつ、患者さんの状態を洞察できていなければならない。

中脘と気海が診断上重要だと考えている。
中脘の邪は自覚症状の有無を反映するのではないか。
邪が大きければ重症度が自覚症状に反映される。
気海の虚は、客観的な重症度を示すのではないか。
自覚症状がなく、重症であれば、予後が悪い。体をいたわらないからだ。ガンはその典型である。
中脘の邪が小さく、気海の虚が大きい状態が、それである。
本症例の患者さんは、その状態が長く続いていた。

コメント

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました