発狂の治験例

急に大声を出したり、外に飛び出したり、理性の効かない状態での異常行動を主とする病証を、東洋医学では狂病、あるいは癲狂という。狂病を発することを発狂という。

26歳。男性。

「息子が、急に大声を出したり暴れたりするんですが、診てもらえますか?」
「大丈夫ですよ。お越しください。」

母親の肩を借り、寄りかかるようにして来院する。うなだれ、ずっと目を閉じたまま移動する。問診に応答できない。よって母親から事情をうかがう。

病歴

4月中旬

就職に先立つ研修旅行中に様子がおかしくなる。帰宅後の様子は、
泣く。足元がフラフラ、カクカク。急に大声で発表するようにしゃべる。錯乱状態で家から飛び出す。物音にビクビクする。家の中をウロウロする。

5月中旬

少しずつ落ち着いてきていたが、精神科でパキシル10㎎を服用し、3日目から症状が悪化。病院からから服用を止めるように指導される。その後、精神科から心療内科を紹介され受診するが、「薬に敏感だから」と、薬は処方されず。
目の充血。寝ない。急にテンションが上がる。大声を出す。暴れる。服を脱ぎたがる。セックスしたいと叫ぶ。恐がる。食事をほとんどとらない。声が聞き取れないほど小さい。目を閉じたまま移動する。家から飛び出そうとする。現実が分からない様子。理性が効かない様子。

6月1日

眞鍼堂受診。
母親に問診中、椅子に腰かけ、ずっとうなだれて目を閉じていた。
ベッドに寝てもらい、診察を始めると、
目を見開き、「ウィー!」と叫びながら手足をジタバタさせ暴れる。インターバルを置いて4・5回繰り返す。
「いきてるかちなし!」「まじまんじ!」「さすがプロ!」と歌舞伎口調で叫ぶ。これも数回繰り返す。
瞳は虚空を見つめ、左右に動かない。
「辛抱せんでいいよ、大きい声出したかったら出しや。」「まじまんじかー。若い人いうよなー。」
などと声をかける。
問診できないので明らかではないが、大便はこのところ出ていない模様。
口臭がひどく、焦げくさいにおい。≫熱を示す。

舌診

胖嫩。白苔。淡紅舌。≫熱証は明らかではない。

切診

筋縮・左右の肝兪に実の反応。≫左右の陰陽の振り子が動いていない状態。このままでは治らない。

太谿・太白に実熱の反応。≫腎陰・脾陰に負担をかけている。

陰陵泉・寒府・陽池・足三里に実の反応。≫水邪・内生の寒邪があり脾陽に負担をかけている。

上巨虚に実の反応。≫陽明の熱がある。急に燥状態になる・叫ぶ・外へ出たがる・服を脱ぎたがる、目が動かない、も陽明の熱を証明する。口臭も熱を証明する。

診断

明らかに、燥状態と鬱状態がある。燥状態は陽明の熱、うつ状態は脾陽阻遏による水邪によるものと診た。
肝鬱が横逆して脾気を阻遏し、血の産生不足は心を養うことができず、心火を盛んにする。
肝鬱化火は腎陰を乾かし、脾気滞による腸胃の停滞は、化熱して燥屎を生み、陽明の熱をこもらせる。
心火は鬱状態として、陽明熱は燥状態として表現される。

ストレスによる緊張を緩めつつ、それを生み出す欲の行き過ぎを食い止め、八綱陰陽としての熱を除去する。

初診 (6/1)

百会。3番鍼を用いる。
5分置鍼し、抜鍼後20分休憩させ、その後も20分ほど脈を診たり指導を行ったりしたが、その間、大きな声を出したり暴れたりすることはなかった。
飲食物は白米を主食とし、おかずはすべて植物性のものとする。冷たい飲食物を禁ずる。

2診 (6/3)

百会。3番鍼を用いる。
大きな声を出したり暴れたりすることがなくなった。食欲が出てきた。ゆで卵を食してもよいと指導。

3診 (6/6)

百会。5燔鍼を用いる。
昨日、排便があった。口臭が10→5。叫ばなくなったが、出ていきたがる。会話ができるようになった。ウォーキング10分指導。治療後、「ありがとうございました。」という。

4診 (6/7)

百会。5燔鍼を用いる。
口臭10→1。食欲が出てきた。何を食べてもよいと指導。

5診 (6/8)

百会。5番鍼を用いる。
治療後、熟睡する。家に帰ってからも良く寝て、「スッキリした。先生ありがとう」と母親に伝える。家を飛び出す不安がなくなった。目を開けていられるようになった。夜間も寝られるようになった。

6診 (6/10)

百会。5燔鍼を用いる。
家族みんなの朝食を作った。照れ笑いをするようになった。

考察

もともと精神的に不安定な中での研修旅行だったようだ。問診できないので憶測になるが、木乗土が体質的にハッキリしていたと思われる。泊りがけでの緊張状態の中、外食が続いて脾気を弱らせたことにより、肝鬱が一気に加速したことが、発症の引き金になった。パキシルで悪化したのも、脾気を大きく弱らせたことによると考えられる。それほど、当該患者は脾が弱かった。これは、初診で、植物性の飲食物しか摂取してはいけない、という脈診での診断結果が根拠の一つになる。

パキシルをはじめ、抗うつ剤の類は脾気を非常に弱らせる。これは長年の臨床経験からそう思えるのである。抗うつ剤を服用している限り、脾は強くならない。脾が強くならなければ、うつは改善しない。だから抗うつ剤が手放せない。そういう悪循環がある。

本症例のように、パキシルをきっかけにして異常行動が見られるというのは、まれかもしれない。薬に敏感な特異体質として処理された感がある。しかしそれは、当該患者の脾気 (消化器機能を支える力) が、それほどに弱かったということが原因と考えられる。西洋医学には、それを見抜く手立てがなく、またそれと病気との関連性を診断する方法がない。

当該患者の脾気は、例外的に弱かった。しかし、ずっと弱かったわけではなく、研修旅行以来のストレスによって、急激に異常に弱い状態に、一時的に陥っていたと思われる。脾気が回復していれば、パキシルで異常行動が起こることはなかっただろうが、その状態ではパキシル自体が必要ではないだろう。

タミフルによる異常行動も謎のままだが、同じ病理が考えられる。タミフルも脾気を非常に弱らせる。もともと木乗土がハッキリしている体質の人は、脾を弱らせると肝鬱が一気に加速して激しい邪熱を生じる。その熱が陽明に入ると、まるで狂ったような異常行動をとるのである。

本症例は、抗うつ剤を服用せず、鍼のみで治療できたことが、かえって速やかな回復につながったと思う。

癲狂と双極性障害 (躁鬱) について

付記しておきたいのは、癲と狂の関係についてである。中医学では、癲病と狂病を分けて考えることもあるが、2つをまとめて癲狂として扱う場合が多い。癲とは恍惚として子供のような性格となり知恵遅れ的な側面がある病証で、賢い人でも急激に癲病に陥ることがある。そして狂病がら癲病に転化する場合が多い。だから2つをまとめて癲狂とするのである。狂病が陽だとすると、癲病は陰である。

これは双極性障害 (躁鬱) とよく似ている。双極性障害も、躁の時期があり、そのあと鬱となる。そしてまた躁になる。躁は陽であり、鬱は陰である。これを比較的短期間で繰り返す。癲狂はそのサイクルが非常に長いと考えると、一つのヒントになるのではないだろうか。

躁は陽明病、鬱は太陰病である。陽明病は実、太陰病は虚である。虚実という陰陽がともに病んである状態である。これは陰陽の境界に問題がある。境界がはっきりしなくなると、陰は陰らしく、陽は陽らしく、しかも陰は陽を助け、陽は陰を助けるという、陰陽の働きができなくなる。陰陽の幅の小ささがこの状態を惹起する原因である。

癲病は、生涯治癒しなくてもおかしくない病証である。当該患者も、狂病はすみやかに治癒したが、その後、癲病が残っている。この治療はこれからである。

刺鍼方法について

本症例は百会を用いた。ただし、鍼を打つ方法は多様である。様々な選択肢があり、どれを選択するかによって効果には顕著な優劣が生じる。

◉用いる鍼は太さが違う。大人の場合、細いものから太いものまで、1番・2番・3番・5番・8番とある。この中からどれかを選択する。
◉刺す方向は、前 (任脈) の方向に向けるか、後ろ (督脈) の方向に向けるか、どちらかを選択する。本症例ではその時々の判断によった。
◉穴処を補うか、瀉すか、どちらかを選択する。本症例では補う方法をとった。
◉補った後、深部を瀉すか、瀉さないかを選択する。本症例では、その時々の判断によった。
◉置鍼を行う時間は0分~20分の間であるが、1分単位で時間を判断する。
◉置鍼中は、鍼の先と生体とが吸い付くような力が働いているか否かを判断する。
◉抜鍼時、深部を瀉すか、瀉さないかを選択する。本症例では、その時々の判断によった。
◉抜鍼後、穴処を術者の指で按圧するか、按圧せずに放置するか、どちらかを選択する。本症例では、その時々の判断によった。

以上の選択肢から選ばれた刺鍼方法は、洗練されたものとなるのは必然である。ツボは365箇所ある。そのなかで、百会一穴を選別したうえでのことである。一つ一つの選択には熟練を要し、その積み重ねが効果に直結する。

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