傷寒論私見…桂枝二越婢一湯〔27〕

27 太陽病、発熱、悪寒、熱多、寒少、脈微弱者、此無陽也、不可発汗、宜桂枝二越婢一湯、

▶はじめに

見ての通り、症状としては往来寒熱と脈微弱しかありません。これで太陽病というのですから、少陽病との見分けがつきません。少陽病には太陽証が必ず伴うからです。少陽病は「喜嘔」ですから、23桂麻各半湯のように、嘔があるかないかの区別くらいは最低限必要です。

また23桂麻各半湯との区別もつきません。

本条は、23桂麻各半湯の条文とよくにており、23条を前提とした条文であると思われます。仲景先生は、余計なものはとにかく省きたがります。

▶字句の省略がある

23条の桂麻各半湯と比較し、本条に省略されている語句を青色で補います。

23太陽病、得之八九日、如瘧状、発熱、悪寒、熱多、寒少、其人不嘔、清便自可、一日二三度発、
①脈微緩者、為欲愈也、
②脈微而悪寒者、此陰陽倶虚、不可更発汗、更下、更吐也、面色反有熱色者、未欲解也、
以其不能得小汗出、身必痒、宜桂枝麻黄各半湯、

27太陽病、得之八九日、如瘧状、発熱、悪寒、熱多、寒少、其人不嘔、清便自可、一日二三度発、
③脈微弱者、此陰陽倶虚、不可更発汗、更下、更吐也、面色無熱色者、此無陽也、
不可発汗、宜桂枝二越婢一湯、

▶桂麻各半湯との違い

要するに、桂麻各半湯との違いは、
●脈が微弱。 (桂麻各半湯は脈が微。) より脈が捉えにくい。
●顔に赤みがない。 (桂麻各半湯は顔に赤みがある。) 赤みがないので無陽と言える。
●発汗してはいけない。 (桂麻各半湯は小発汗したい。) 本証は表証ではない。少陽病の和法に近い。

▶結論から

まず結論からです。

桂枝湯は肌表を支配します。越婢湯は肌裏を支配します。両方の薬を用いることで、肌表と肌裏というわずかな陰陽の間の境界に作用します。邪は少ないので、邪が肌表側と肌裏側に分ければ、治癒となります。

※越婢湯…病位は肌裏 (肌表の裏:造語) です。強い勢力の風邪が、前から肺に向かって突進します。正気は肌表で食い止めようとします。しかし勢いが強すぎて肌裏に影響を与え、邪熱が生じ、邪熱はまた新たな風邪を生みます。肌裏は裏の範疇で、肺の臓の通調にデタラメな風が吹き荒れ、浮腫が起こります。

桂枝二越婢一湯方桂枝 芍薬 甘草各十八銖 生姜一両三銖 大棗四枚 麻黄十八銖 石膏二十四銖右七味、口交咀、以五升水、煮麻黄一二沸、去上沫、内諸薬、煮取二升、去滓、温服一升、

さて、詳しく展開します。

桂枝湯…桂枝9g、芍药9g、生姜9g、大枣12枚,甘草6g。
越婢湯…麻黄18g、石膏25g、生姜9g、甘草6g、大枣15枚。
桂枝二越婢一湯…桂枝2.3g、芍药2.3g、麻黄2.3g、甘草2.3g,大枣4枚,生姜3.1g ,石膏3g

まずは見ての通り、恐ろしく薄い薬です。

これも25条・27条と同じく、往来寒熱があります。「不可発汗」ということは、表証ではない、ということです。しかし、組成をみると、明らかに表証の薬です。越婢湯は風水証の薬で、表の水をさばく薬です。しかし、越婢湯の組成を見ると、水をさばくような薬は入っていません。まずは、越婢湯の謎から解いていく必要がありそうです。

▶越婢湯 (越婢加朮湯) とは

越婢湯は金匱要略の薬で、風水証と呼ばれる浮腫に使う薬です。風水証とは表証による浮腫のことです。外邪が肺を侵した状態です。越婢湯に白朮を加えた越婢加朮湯が一般的に用いられます。ですから、越婢加朮湯について説明します。

越婢加朮湯証は、カゼによるむくみです。いったいどんなカゼなのか。

【金匱要略】
風水悪風.一身悉腫.脉浮不渇.続自汗出.無大熱.越婢湯主之.
●越婢湯方.
麻黄六両.石膏半斤.生姜三両.
大棗十五枚.甘草二両.
右五味.以水六升.先煮麻黄.去上沫.内諸薬.煮取三升.
分温三服.悪風者.加附子一枚.炮.風水加朮四両.

越婢加朮湯…
麻黄6・石膏8・生姜3・甘草2・大棗15・白朮4

越婢加朮湯の功能は、疏風清熱・宣肺行水です。風邪と邪熱が原因となって、肺の宣発・粛降・通調機能を阻害し、津液がめぐらなくなっている状態だ、ということが分かります。

八綱陰陽に照らし合わせてみます。疏風とは表の問題で、風邪が関係することは確かです。宣肺とは肺臓の問題ですので、裏が関係するのでしょう。分かりにくいのは清熱で、石膏を使っているのだから裏熱を想像させますが、どうなのでしょうか。どのようにして生じた邪熱なのか、どの部分を清熱するのか、です。

▶風邪が境界の壁に激突

まずは単純に考えていきます。越婢加朮湯証は、カゼを引いたら顔や腕が腫れた、というものです。場合によっては目も明けられないくらいにまぶたが腫れます。このように、形体に器質的影響が出ているということは、機能⇔物質という陰陽の境界が侵されたということです。

強い風邪が衛気の機能を0にしたため、衛気の温煦を受けて動いている脈 (境界) まで影響が強く及んでしまったのでしょう。越婢加朮湯は、麻黄と石膏が瀉剤、生姜・甘草・大棗・白朮が補剤です。補瀉両用で使うということは、陰陽の境界を狙った方剤とはいえます。ただし、麻黄と石膏を大量に使っているので、瀉に重点のある薬と言えます。

境界とは何でしょう。
生命を深浅という陰陽で見たとき、毛→皮→肌→肉→脈→筋→骨 に分類され、その順に深くなっていきます。この図式で、脈が境界になり、脈より左が陽、右が陰になります。毛→皮→肌→肉→脈→筋→骨は、物質的概念ではありません。毛→皮→肌→肉の部分は形而下 (陽) で目に見えます。しかし、筋→骨の部分は形而上 (陰) で目に見えません。しかも、脈がどの太さのものを指すかによって、陰と陽が何を表すかが変わってきます。

脈とは何でしょう。
脈とは臓腑経絡のことです。臓腑経絡は陰陽の境界で、陰を生み、陽を生むのです。たとえば肺は肺経の経脈につながり、経脈は絡脈に、絡脈は孫絡にというふうに細分化されていきます。これは血管が枝分かれして毛細血管になるのと同じイメージです。ただ、違うのはそれが境界だということです。境界が枝分かれして、生死という陰陽の境界から、カゼを引くか引かないかという陰陽の境界まで、いろいろな段階があるのです。

▶肺の通調に影響

越婢加朮湯証は、肺~肺経~肺の孫絡に至る脈で、表に属する中ではかなり太い脈 (境界) が衝撃を受けたとみていいと思います。肺の通調にかなり影響を与えていますね。これは裏に影響が出たということです。表裏の境界に邪が激突したとみていい。

だから表にも裏にも影響が出るのです。表の一番深い部分は肌表です。これは表なので、境界ではありません。肌肉は陽明に属し、裏に属します。つまり、肌表と肌裏 (造語です) の間が境界で、そこに影響が及んだと見ます。

▶肺がデタラメに機能する

そもそも肺とは、宣発・粛降・通調という機能のことですが、表衛と非常にかかわりを持ちます。表衛は、腎陽で温められた蒸気のようなもので、これが肺という吹き出し口 (宣発・粛降・通調) を経て、体表に張り出し、体表を護衛しています。

いま、風邪が熱を従えて、表衛と争いながら肌表に侵入します。表衛と風邪が取っ組み合っているので、表衛はその果たすべき機能を果たせません。一方、風邪は疏泄しますがデタラメです。これは、肺の吹き出し口がうまく機能しなくなった、言い換えればランダムに機能し出した、というのと同義です。

ここで、表衛についての説明をしておきます。生理を知らなければ病理は理解できません。

▶表衛と衛気とのちがい

脈 (臓腑経絡) は、宗気や衛気という陽気や、営気や血という陰気を生み出します。また、営気や血という静なるものを、宗気や営気という動なるものに転化させる起点となります。脈はまさに境界なのです。

宗気とは推動のことであり、推動は衛気の温煦を受けて、初めてその機能を発揮します。推動とは前に進む、正しい方向に進む力です。循環がなくなると生命はついえます。機能はすべて、前に進むことで保たれているのです。その循環を、体の内外 (表裏) を問わずサポートしているのが衛気であり、体の表面にある衛気を、特に表衛と言います。

▶太陰肺と太陽膀胱は、表衛とどう関わるか

表衛と関係が深い臓腑経絡は、太陽膀胱経と太陰肺経です。

太陽膀胱経と陰陽関係にあるのは少陰腎経です。衛気は腎陽の一側面と言われますが、衛気は腎に支えられるところが大きいのです。太陽膀胱経は腎陽 の表衛としての働きと言い換えることができます。

また、太陰肺経は皮毛を主ると言われますが、衛気 (腎陽+水) …つまり水蒸気のようなものを宣発しています。衛気として宣発する分、発汗として宣発する分を通調 (調節しながら流通させる) し、残りの衛気や水を粛降して、全身にあまねく届けるのです。

肺と膀胱は子午流注から見て陰陽関係にあり、夫婦のように協力し合って、表衛と関わっていると考えていいと思います。そして、膀胱経も肺経も、絡脈・孫絡・浮絡という脈を介し、全身の皮膚に網の目のように、くまなく機能しています。

▶風熱が太陰肺経を侵す

そういう表衛を、風邪が襲った。衛気に温められて脈は機能していましたね。風邪が衛気と取っ組み合いするということは、衛気が機能しなくなることであり、衛気が脈を温められないということは、推動も機能しなくなるということです。推動が機能しなければ、脈は静から動に転化することができません。要するに、衛気が侵されると、脈が機能しなくなるのです。もちろん、この脈とは、浮絡のような浅い脈です。全身の脈がこうなるわけではありません。

そしてこれが太陽膀胱経ではなく、太陰肺経を侵した。この違いは何かというと、後ろを犯したか、前を犯したかです。太陽膀胱経は後ろを支配します。太陰肺経は陰経で前を支配します。そして、これは法則なのですが、風寒は後から、風熱は前から入ることになっています。だから、太陰肺経を侵す (肺の通調を侵す) ということは、風熱なのです。

▶浮腫・自汗出

いま、風熱が肺を侵した。風熱なので肌表まで短時間で入ります。表衛の温煦という陽分を激しく侵すと、強い風熱は推動という脈 (境界) に強く衝突し、境界が揺らぎ、肌裏に影響が波及します。つまり裏である肺の通調に影響が及ぶのです。同時に、表においては熱風にあおられて疏泄がデタラメに働く。風邪は疏泄します。疏泄はするが、誤った疏泄をするからメチャクチャになるのです。水を宣発しすぎたり、宣発しきれなかったり、粛降しきれなかったり、通調がメチャクチャなのです。その結果、表に水が停滞します。

▶肌より奥、肉より手前、そこが荒れる

桂枝湯証白虎 (加人参) 湯証の間に越婢加朮湯があると考えると分かりやすいでしょうか。桂枝湯の肌表よりは奥で、白虎湯よりは手前なのです。白虎湯には大汗出があります。桂枝湯証はうっすらとした自汗です。越婢加朮湯は大汗出できず、浮腫が起こります。肌表から境界を挟んで肌裏に影響すると、表証と裏証を同時に病むことになります。ここでの裏証とは水腫のことです。

風は裏に近くなればなるほど熱に転化しやすくなります。熱に転化した後も、熱は風を生みますので、風邪が境界を中心に肌表近くで吹き荒れることになります。

▶組成…麻黄と石膏

越婢加朮湯は、麻黄・石膏・生姜・甘草・大棗・白朮からなります。表証の薬なのに、桂枝が入っていません。これは風熱でもあり、また風邪が肌表で熱化しているため、桂枝は温性が強すぎるのだと思います。麻黄は色々な用い方をされますが、要は肺気の宣発する力を増幅する力です。柴胡が肝気の疏泄する力を増幅するのと好対照です。

たとえば麻黄湯での麻黄の意義は、桂枝の発汗解表する力を増幅することです。越婢加朮湯では、石膏の解肌清熱作用を増幅する役割です。石膏は裏の気分に効く薬で、言い換えると肌肉に効く薬です。肌肉の表面 (肌表) は表 (衛分) ですが、石膏は肌肉に効き、熱を表に向かって発散させるので、肌表の熱も取る作用があります。肌表の熱の場合は、麻黄と組み合わせて透発します。石膏は辛寒で、辛開で排邪するのです。

姜甘棗は、土を良くすることによって、水を制する働きです。スポンジに水を吸収させます。白朮は、清濁混交の浮腫の水邪を、補中して清濁に分け、苦で堅くして津液と化し、不要な水を利水します。

▶桂枝二越婢一湯とは

さて、いよいよ本題、桂枝二越婢一湯についてです。越婢 (加朮) 湯の謎が解ければ、もう半分は分かったも同然です。

▶越婢 (加朮) 湯との比較

越婢加朮湯の症状は激しさがあります。これは風邪が強いことを示唆します。ここで注意したいのは、越婢加朮湯の場合、邪が直接境界を侵したのではなく、陽を激しく犯した結果、境界の向こうの陰に影響を強く与えたというところです。これは邪の勢いが強いからで、陰陽幅はあり脈幅があり、往来寒熱はありません。

対して、桂枝二越婢一湯の風邪は決して強くありません。だから浮腫のような激しい症状ではありません。桂枝二越婢一湯では少ない邪ながら、境界という枢要をピンポイントで侵しています。直接境界を侵されるのは陰陽幅が少なくなっているからです。境界は少陽が支配します。よって往来寒熱があり、脈幅が少なくなります。

▶桂枝二越婢一湯の正体

越婢加朮湯は、肌表に風邪が強すぎて、境界に激突して肌裏に影響を与えた薬です。桂枝湯は肌表に風邪があるのみで、肌裏には影響していません。そして、肌表も肌裏も「肌」という一枚の紙の裏と表です。この非常に狭い陰陽の境界に邪が直接入って、往来寒熱・微弱の脈を呈しているのが桂枝二越婢一湯です。

おもてがあれば、うらがある。肌裏という概念がなかったので、越婢湯も桂枝二越婢一湯も難解なのです。脹仲景は傷寒論で「肌」という言葉を用い、これを表に分類しています。その「肌」そのものに表裏があるとは、とうぜん意識していたのではないでしょうか。越婢加朮湯は「肌」に効くので間違いなく表の薬です。しかし桂枝湯のように肌表に効くのではなく、肌裏に効く薬なのです。

▶無陽也

無陽也というのは、陽に病がない…つまり肌表より表に病がないということでしょう。発汗してはいけないとあるのも、その裏付けになりそうです。病位は境界にあるので、陽に病がない、もっと言えば陰にも病がない。狭い狭い陰陽の境界が病位なのです。そこに入った往来寒熱は、桂枝二越婢一湯でしか取れないのです。

表で戦えないということは、表に衛気が来ていないということです。面色は赤みがないでしょう。冒頭の「▶字句の省略がある」をご参考にしてください。こう言えば「無陽也」が腑に落ちます。石膏を使っているのになぜ無陽なのか…これは誰もが疑問に思うことです。

桂麻各半湯は「小汗出」が欲しい。顔色が赤い。桂枝二越婢一湯は発汗してはならない。桂麻各半湯は表が戦場で「陰陽倶虚」ではあるが、わずかに”有陽” なのです。桂枝二越婢一湯は桂麻三兄弟のなかで、もっとも少陽病寄りと言えます。

少陽病に最も近い桂枝二越婢一湯不可発汗
やや近い桂麻各半湯小汗出
遠い桂枝二麻黄一湯汗出必解

▶鍼灸…胆経を意識

鍼灸ならどう行くかです。まずは胆経で正気に関わる穴処を用い、脈幅を増やします。脈幅が増えたら、軽く邪熱がくるので、それを瀉します。桂枝二越婢一湯の組成を見ると分かるように、補剤と瀉剤を組み合わせています。補・瀉どちらかに偏すると悪化の恐れがあります。

なぜ胆経かというと、胆は六腑 (太陽・陽明・少陽) の首であり、奇恒の府にも属し、奇恒の府は奇経八脈と同列のダム湖であり、胆を動かすことは、空間 (三陽・奇経) を動かすことにつながり、境界を意識する場合に不可欠だからです。

ゆえに奇経を動かすことは胆を動かすことにつながります。穴処は反応で取るべきですが、帯脈・天枢・申脈・外関などが候補になるでしょう。脈の弱さを考えた番手と置鍼時間で行くべきです。

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