新型コロナウイルス偶感…流行の意味するもの…東洋医学的見地から

以下の記事は3月初旬に記したものです。いま読み返してみても使える考え方だと思います。
むやみに恐れたり、なめてかかったり、どちらもよくありません。
だんだん現実味をおびてきた長期戦に、相手の正体がわからないまま、闇鉄砲を撃ってもしかたありません。
まずは新型コロナという「自然現象」の正体を知る努力だと思います。
感染者に対する差別などは、いまのコロナとの向き合い方に、大きな矛盾を含んでいるからではないかと思われてなりません。

最下段に4月7日に追記した記事を付け加えました。あわせてご覧ください。

【2020.3.4】

あれよあれよという間の騒ぎとなりました。

ウイルスとは何か、について考えさせられます。東洋医学には「外邪」という概念があり、ここにウイルス性のものも含有されます。

外邪の分類

外邪による病態を3つに分類してみましょう。
①ウイルスとは無関係で、気候における、温度・湿度・気圧の極端な差による体調不良。
②ウイルス性 (あるいは菌性) のもので、流行性の顕著でないもの。いわゆるカゼ。
③ウイルス性のもので、流行性の顕著なもの。たとえばインフルエンザ・新型コロナ。

これらすべてに共通する特徴があります。これは、東洋医学を勉強している人でも、注目している人が少ないのではないかと思います。それは、「あばく力」です。

病気は疲労をあばく

「あばく力」は病気全般において言えることです。たとえば徹夜でマージャンをやり過ぎて頭痛が起こったとします。1夜目は症状が出ません。2夜目も症状が出ません。3夜目で頭痛が起こったとします。1夜目・2夜目で疲れの蓄積はあるのですが、体は持ちこたえています。肝の「罷極」とは、これを言ったものと思われます。

このまま持ちこたえる方がいいのか、頭痛が出る方がいいのか。持ちこたえれば4夜目に突入してしまいます。頭痛がでればうまくすると4夜目は早く寝て、翌朝には頭痛は消えているかもしれません。頭痛は出た方がいい、疲れはあばかれた方がいいのです。

もし4夜目以降も頭痛が出なければどうなるか。罷極という機能で、疲労を押し入れの中にとりあえず放り込むのです。見かけは、部屋は片付いています。しかしクローゼットの中は…。それを強い力で強制的にあばくのが、ウイルスなのです。あばく力が非常に強い。そう、4夜目以降、そう遠からずカゼをひいて発熱することになるのです。

ウイルスに感染すると、今まで蓄積した疲れが、小出しではなく、瞬時に露わになります。頭が痛くなるのもそうです。だるくなるのはそれだけ疲れているからです。食欲がなくなるのは食べ過ぎていたからです。そして、ある意味それでいいのです。悪いところは早めに表面に出てきた方がいい。いつまでも奥深く不穏分子が隠れていて、自覚が出ない病気の代表はガンです。

自然災害の特徴

さあ、そういう見方で、③の「流行性の顕著なもの」について考えます。典型例はインフルエンザです。日本では毎年1月から2月がピークです。世界中で猛威を振るっていて、感染力は強いですね。この世界的・集団的な感染力をどう見るか。今回の新型コロナ流行で感じるのは、これは自然災害と同じだということです。

自然災害に共通する特徴とは何でしょう。たとえば地球温暖化による森林火災や豪雨で考えます。地球温暖化の原因は、産業革命以降、化石燃料を燃やし過ぎたことにあります。ドンドン掘ってドンドン燃やす。それはすごい量です。なぜこんなことができるかというと、それは人間の欲です。お金が儲かるとなると、地球の温度が変わるほどのことを、人間はやるのです。

注目すべきは、産業革命が起こった当初です。火を使って水を沸騰させることにより、蒸気エンジンを駆動し、様々な利便が生まれました。しかしそれが地球温暖化という事態を引き起こすなどと、当時の誰が想像し得たでしょうか。

誤解をおそれず踏み込むならば、津波による災害も例外ではありません。産業革命以前は、そんなに魚を取ったところで食べきることはできませんでした。船や車による輸送ができなかったからです。しかしエンジンを使えば、一度にたくさんの魚が捕れる、世界各地に瞬時に送り届けることができる。お金が儲かる。

畏敬の念を失った

この構図のもと、昔からの言い伝え (津波の到達地点をしめす神社など) を侵して、利便をもとめて海岸沿いに、山を下り、徐々に徐々に居住を移すようになった。船にエンジンが付き、網を引くためにエンジンが便利で、いくら捕っても誰かが全部買い取ってくれる。そんなとき、誰が津波のことなど想像し得たでしょうか。

火には火の神が宿り、海には海の神が宿る。それに対する「畏れ (おそれ) 」を、産業革命以降の我々は忘れ、欲に歯止めが利かなくなってしまったのです。そして、「想像もつかない」しっぺ返しを受ける。そのしっぺ返しに、人類の力などではもう「あらがいようがない」。これが自然災害の特徴です。

流行性外邪 (疫病) の意味論

新型コロナのみならず、多くの世界流行型ウイルスは中国で生まれます。鳥や豚などの家畜が密集する中で、ウイルスは突然変異を繰り返すのです。同じ構図がありますね。いくら食肉を作っても、全部買い取ってくれる。これは中国だけの問題ではありません。食肉を求める世界中の人々の欲が、一線を越えてしまった。たまたま中国が発端となっているに過ぎません。

人間個人はそれぞれ別々のものだと思いがちですが、世界人類は一つの組織でもあります。これは細胞と個体 (細胞があつまった組織) の関係と相似します。皮肉にも、世界中の人々は、こんな形で心を一にし、団結した組織になってしまったのです。心を合わせて仲良くするという団結ではなく…。

そうです。流行性が強いということは、「グローバルな外邪」であるということなのです。グローバルで組織性の強い欲から生まれた外邪なので、この外邪は特殊なのです。真因が「世界人類の心にある欲」なので、結果が「世界中の流行」となる…。

一線を超えた食欲

原因は、動物の命を軽んじすぎる、我々一人一人の異常な食欲なのです。新型コロナウイルスが本当にあばきたいのは、ここの部分なのかもしれません。問題の原点はここにあり、それに我々が気づき省みるところがなければ、温かくなって今般の騒動が収まったとしても、来冬以降に、より猛威をふるう第二・第三のウイルスが生まれる可能性があります。サーズもマーズもコロナウイルスです。インフルエンザウイルスも突然変異という爪を研いでいます。

しかし、世界中の人々が足並みをそろえて行動を改めるというのは無理です。だからこそ、いま、本ブログを読んでおられるお一人お一人が、自分にもその「過剰な欲」があることを認識し、ほどよい欲に調整する必要があります。実は、これが新型コロナの予防法・治療法と直結する。インフルエンザにおいての毎年の経験から、食べ過ぎがあれば悪化し、食べ過ぎなければ改善するという法則を、すでに見出しています。新型コロナも、粗食に甘んじて腹八分を心掛けていれば、予防・治療ともに有効である可能性が高いです。その根拠は新型コロナの症状からも見て取れます。

食欲がなくなる

新型コロナの症状の特徴として、
●食欲不振
●倦怠感
●微熱
という、カゼとしては大したことのない症状がまず起こり、それが1週間ほど続くと、いきなり両肺の肺炎になっているということが言われています。食欲が出れば倦怠感・発熱は必ず消失します。早期治癒となれば、肺炎に移行することはありません。

腹八分目にするコツは
「自分でできる4つの健康法…正しい生活習慣を考える」
に詳しく説明しました。

不顕性感染に目を向ける

不顕性感染という言葉をご存じでしょうか。ウイルスには感染しているが、症状が出ず、健康を保てている状態のことです。潜伏期間も不顕性感染といえますが、この不顕性はやがて顕性になるという前提のニュアンスですので、ここではその意味では用いません。ウイルスに感染はしたが、症状が出ぬ間に治癒してしまうこととして、ここでは考えていきます。

こういう不顕性感染が、毎年のインフルエンザ流行で何人いるのでしょう。それはおそらく、おそろしく膨大な数です。症状がなければ病院に行かない。もし検査をしたとしても、ウイルスは微量のままで増殖しないので、陽性反応も出ない。何人いるかは調べようがないのです。

このような不顕性感染は、どうやって起こるのか。満員電車で通勤などすると、鼻やのどの粘膜に微量のウイルスが付着しても全くおかしくありません。むしろ、空気を吸っている限りは、ウイルスを吸い込んでいないほうがおかしいとも思えます。しかし、免疫が機敏にこれに反応し、ウイルスが微量で症状が出ないうちに、抗体をつくって治癒してしまうのです。

いま、できること

ウイルス流行時、手洗い・うがい・マスクで、ウイルスが粘膜に付着するリスクをできるだけ下げておくことの重要性は変わりありません。しかし、相手は目に見えないものだけに、防護服を着用しても完璧とはならない可能性が大きいと思います。

そういう状況下であるならば、不顕性感染こそが目指すところとなります。ウイルス流行は、いったん始まると、堤防の決壊をほうふつとさせるものがあります。水が引くまで待つしかない。決壊のリスクをできるだけ低くしながらも、決壊を前提とした避難が必要です。

その避難方法が「腹八分」です。二分の「すきま」というのが重要で、隙間がなければ動けません。ノド・鼻・目の粘膜に、いち早く体力 (免疫) が到達できるよう、食べ過ぎると胃に体力 (消化) が集中してしまい、ノドまで手が回らなくなる。そういうイメージを持ってください…と患者さんに説明しています。

食べ過ぎると、消化管という容器からあふれた「あまり」が出ます。余りは、あふれ出てこぼれた瞬間から、汚く臭くベタベタしたものになり、除去に手間のかかるものとなります。食卓で床やじゅうたんにこぼしたスープをイメージしてください。東洋医学ではこれを湿痰といいます。

外邪 (ウイルス) は、この栄養豊富な湿痰を食料にして元気づき、増殖し、発熱や肺の炎症を起こしていくのです。 なぜ新型コロナが、こんなに炎症を起こす力が強いかというと、このウイルスの生みの親が、全人類が一致団結して築き上げた「貪欲の炎」だからです。

普通のカゼに見せかけ、一週間も猫をかぶり涼しい顔をして、そして本性をむき出しにして死に追いやる。ぼくは、自分の中にそういう「本性」があるように思えてなりません。いったいどれだけ命の大切さを思い、食しているのか。殺された植物・動物の身になることなく、「涼しい顔をして」食をむさぼっているのではないか。

専門的考察

寒湿から熱湿への転化

中医学的見解では、新型コロナは、寒湿が熱湿に転化したものであるということです。東洋医学の言葉は表面的に解すべきではないというのが大切です。寒湿は、「猫をかぶり涼しい顔をして」という部分、熱湿は「貪欲の炎」という部分を、具現化した言葉です。

流行性の強さについて

これは上記の説明にある通り、外邪がグローバルであるかないかの度合いです。東洋医学では、風邪は疏泄するので感染力が強いとか、寒邪でも強い寒邪は強制的に表を侵すとか、熱邪は燃え広がるのが早いとかいいますが、今年は特に寒い冬でもないし、風寒邪の度合いと流行性の度合いとは別次元で考え、分類していくべきだと思います。気候の変化で偶然起こったという次元の問題ではない。

外邪 (外感) にウイルス性と非ウイルス性

ウイルス感染があるのか、ウイルスに関係なく単に寒かったから体調を崩しただけなのか、これは分けて考える必要があります。東洋医学は、ここを曖昧にしてきたと思います。

たとえば寒凝肝脈の病理はウイルス性ではありません。しかし外邪としての寒邪が侵入しています。この場合、非ウイルス性の外邪である冷たい空気は、口 (陽明) から入って、口内や肺の温度に影響すると考えられます。冷たさは下に下降します。もし熱い空気が入れば上に上昇します。

寒凝肝脈は、呉茱萸湯証の孫絡版で、まず寒邪が胃に入ります。冷えは下降するので、下半身の孫絡の肌肉が冷えます。もともと少陽 (境界) が狂っており、冷えを自覚せぬまま経過すると、肌肉 (胃経の孫絡) の冷えが脈 (境界) を超えて筋 (肝経の孫絡) に入る。そう考えています。たんに寒くて下痢する、暑くて食欲がなくなるなどは、もっと単純で、やはり口 (陽明) から入るのです。

しかし、そういう入られ方は正気を多分に損なうのではないか、だから正気のストックが少ないと、生体はそのルートを閉ざし、ちゃんとした太陽・陽明といった関所を通した入られ方を選択するのではないかというのが僕の意見です。もっと優れた見解をいろんな人がいくつも出して、より優れたものを選別し、この医学の発展につなげていかなければなりません。

よって、ウイルスほどの厄介者は、口から直接にという入り方をせず、太陽膀胱経 (後) 、あるいは太陰肺経 (前) という関所 を通らなければなりません。生体はウイルスの侵入を阻むべく、あの手この手で抵抗します。発熱はその抵抗の一つです。

ここでは、外感による外邪を、ウイルス性のものに限定して、話を進めます。

表証は見破れるか

表証を見破るには、まず脈が浮いているかですね。浮脈があれば太陽病、一応そうなっています。しかし、外感・内傷という陰陽で生命を見た時、内傷が主で外感が従になる場合があります。このときは表証があっても、脈は浮きません。表証の有無を、浮脈の有無で見分けられるとは限らないのです。僕の場合、脈の浮位を注意深く見れば、表証の有無 (表寒or表熱) を診断できますが、かえって時間がかかるので、天突 (大椎でもよい) の望診で判定します。

外感は見破れるか

もっと大きな問題は、表証を見破れたとしても、外感 (ウイルス感染) という大きな概念を見破れるかということです。そもそも感冒は、典型的な太陽病として出ることはほとんどありません。表証の有無=外感の有無ではないのです。では、外感を脈で見破ることができるか。できる人はいるとは思います。でも僕にはできません。僕は印堂の望診で判定します。

隠れ外感 (潜伏期間)

外感の有無、とくに「隠れ外感」を見破る技術は、鍼灸師にとって必須です。熱を出しかけている患者さんに、不用意に治療して、「鍼を受けたら熱が出た」と言われるのは本意ではないからです。それを見破る、できれば見破ったうえで予防する、というのがベストです。それができれば、新型コロナであろうとなかろうと、それを当てはめればいい。

天突・印堂ともに反応するもの

太陽病は、天突・印堂の両方が反応します。天突は表証 (太陽病) を示し、印堂は外感病 (ウイルス感染) を示します。表証とは、表という浅い部位で邪気がまとめられている状態を示します。だから、お風呂に浮かんだ垢を洗面器ですくような治療が可能です。効率よくすくい取れるのです。

内傷>表証 のものは、脈が浮きません。それでも、表証があれば、天突が反応し、邪気はまとまっています。よって、この反応を消すように治療すれば速やかに治癒に導けます。ただし、風呂・冷たい飲食・運動をすると悪化するので、治療したその日1日の養生が必要です。印堂の反応があれば、腹八分目の養生も必要です。

印堂のみが反応するもの

印堂のみが反応し、天突が反応しないものは、外感病 (ウイルス感染) ではあるが表証ではないものです。表で食い止められていないものなので、軽い症状がしつこく続くケース (咳・痰など) と、重い症状がしつこく続くケース (インフルエンザなど) があります。またウイルスが入っているの症状に表れていない状態もあります。

表証の反応がないということは、表で邪気がまとまっていない、つまり垢が浮いてこず、お風呂の中でマゼコゼになっているのです。これを短期で治すには、綿密な食養生が必要です。食べ過ぎるとウイルスが増えるからです。

インフルエンザでしつこいものは、印堂のみが反応し、高熱が出て食欲不振を訴えることが多いです。外感に内傷としての陰火を兼ねていると思われます。陰火が主で外感が従になるものは実脈を呈しません。太陽病でも陽明病でもないのです。

こういう場合、内傷の陰火を治せば、表証はおのずと解します。治療としては補中益気湯のように少陽を調整することが必須です。そのうえで、食事を規則正しく摂りながらも、食べ過ぎない工夫を患者さんに指導する必要があります。熱がいったん下がっても、食べたものや量によって、再び熱が出ることがあります。その場で治療効果が出ても、それが継続してスンナリ解熱するためには、陰火という内傷に対する対策が必要なのです。

天突のみが反応するもの

非ウイルス性の外邪が太陽病を呈したときに反応します。

強く頭をぶつけたり、体をぶつけたりすると、発熱する場合がありますね。こういう場合、感冒と同じ反応を起こすのですが、うつることはまずなく、ウイルスはあまり関係ありません。印堂には反応は出ず、天突のみに反応が出ます。表証と同じように考えます。皮膚に強い刺激があると、表が動揺するのでしょうか。もちろん、寒いな、という皮膚の刺激でも天突は反応してきます。

とにかく、その日一日は安静に、お風呂に浮いた垢を混ぜないように、静かに過ごすことです。冷たい飲食・入浴も禁忌です。食欲がなくなったら、無理に食べないで、おかゆなどを軽く食べ、早く就寝することです。翌朝にはウンとよくなる可能性があります。

寒いな、と感じて何時間後かに、急にカゼとはちがう症状 (肩こり・腰痛・めまいなど様々な症状) が出ることがあります。これも非ウイルス性の表証であり、天突のみが反応します。その日一日は安静にし、入浴をさけ、冷たい飲食を避けることが大切です。

これは、これからの課題なのですが、奇病にこの反応が多く認められることを確認しています。

肺先 (期門)

肺先に反応があると、食べ過ぎで急な悪化 (外感をふくむ) の可能性があることを経験的に感じています。普段、食材制限をしなくてもいい人でも、ここに反応があれば、牛肉・揚げ物・もち製品を、その日1日控え、腹八分を励行する必要があります。

ある患者さんに「今日1日だけ気を付けて」と指導したところ、「無理です」と言われ (笑) 、一週間後来院時に、口唇ヘルペスが出ていたので「どうしたの」と問うと「治療の翌日に出ました。先生の言う通りでした」とおっしゃったことがありました。

男脈・女脈

難経からヒントを得た診断法です。左右どちらかが浮脈で、もう一方が沈脈で、左右ともに男性なら女脈、女性なら男脈を呈している場合、悪化の直前と見ます。この場合、前胸部以外の穴処はことごとく沈んでいます。感染症によるものか否かは、悪化してみないと分かりませんし、悪化させた例がほとんどないのでよく分かりません。治療後24時間、気を張らないように淡々と過ごすことが大切です。

ある2才児の患者さんが、診察すると悪化直前で、「熱が出かけている。そうならないようにしておくが、念のために興奮させないよう、家でゆっくり過ごしてください」と指導したところ、その夜に両親がその子の前で夫婦喧嘩して、翌日に高熱が出たことがありました。

数種類の診断法を駆使する

不意の発熱は、患者さん・治療家おたがいに望んでいないものです。それを何とか回避しようと工夫を凝らせば、方法は見えてくるものです。ぼくの場合は上記4つの診断法を駆使しています。1つでは足りず、2つでも足りず、それで4つになりました。今のところこれで掬い取れていますが多分足りません。また新しい方法を考えるでしょう。

これは患者さんに頼まれてするのではなく、治療家の責任として果たすべきものだと思います。日々の何気ない臨床で、未病としての外感病に懸命に向き合う。東洋医学が信頼される予防医学へ道を歩み続ければ、新型コロナに向かう視線はおのずと定まるはずです。

外感は出会いがしらか

外感病は出会いがしらの側面があります。しかし、受け手である体の状態で、ほとんどが決定すると言っていいでしょう。傷寒論時代とは異なり、現代は寒さを回避できない状態がなく、強制的に強い寒邪にやられることは少ないからです。ただし、武漢の野戦病院化した環境では、それがあるかもしれませんが。

注意してみてください。小さい子供が、ご飯を食べずにおかずばかり食べたり、食事をとらずにお菓子ばかり食べだす。食欲はあるのだがそういう変化が急に出ると、熱を出します。その場合、発熱直後から必ず食欲がなくなります。実は発熱前から、本当の食欲はなくなっていたのだが、ウソの食欲 (疏泄太過) が出ていたのです。

雨降って地固まる

急にご飯を食べなくなった、お菓子ばかり食べるという体調変化は、肝気が誤った方向に偏旺している証拠で、水面下で木乗土も起こっています。放っておくと慢性病に繋がります。そうならないように、ウイルスはそれを早期にあばき、表面化するのです。

会社などの組織の問題は、表面化すると問題にはなりますが、水面下に隠れているほど、本当は問題なのです。早く表面に出して、解決した方がいいのです。ウイルスは監査官のようなものです。

感染症にかかり、それが治癒してから今まで苦しんで来た慢性病が大きく改善する…という経験は、東洋医学の治療家なら多くの方が経験されるところだと思います。表面化した問題を、ふたたび水面下に沈めることなく、解決し取り去ることができたからです。

罷極

正気は、先天の気・後天の気とありますが、もう一つ、肝も罷極という機能で正気を保持しています。これは定期預金のようなもので、先天・後天の気によって作られた正気を、定期契約で封じておくのです。それが3口あったとしましょう。非常時、火事場の馬鹿力が必要な時、その一つを解約して普通預金にします。肝の定期の正気が一つ減ると、肝はそれに見合う邪気を自ら引き受け、何事もなかったような顔をします。

非常時が過ぎ去れば、先天・後天が正気を盛んに作って普通預金を増やし、再び定期契約に戻します。これにより、それまで肝がだまって引き受けてくれていた邪気は、消えてなくなります。

初診患者さんが腰痛で来院されたとします。腰痛を起こす前、定期を解約したときがあったはずです。もうすでに1口の定期が失われているとします。体は2つ目の定期に手を着けてほしくありません。だから腰痛を出して、正気の漏出を防ぎます。

治療で正気の産生が盛んにおこなわれると、普通・定期をふくめた全体の預金高が増し、その様子を見て、体は腰痛を解除します。

外感病の特殊性

このあたりで、数年来なかった発熱があったとします。これはどういうことかというと、全体の貯金は増えているのだが、定期契約にするタイミングが早すぎて、普通預金で使える分が少なくなり、しかも定期預金が解約できない状態で、たまたまウイルスに感染したのです。ウイルスの出合いがしら的な特殊性が付加されます。だからややこしい。

これは肝気の調整がパーフェクトでなかったことを意味します。罷極とは定期預金を作ったり解約したりする力のことであり、肝は平常時と非常時の波にうまく合わせて、使える正気の量を調整してくれているのです。蔵血作用と似た感じですね。

このケースでも、ウイルスは肝の狂いをあばいてくれているのです。発熱で体を休めることによって、誤った方向に行こうとする肝気を正常化するのです。

さて、この肝気をいかに調整し、健やかに正気を増していくか。これこそ治療家に課せられた命題です。

新型コロナがあばくもの

このような分析から、新型コロナウイルスの性格を洞察してみましょう。お亡くなりになるのは、高齢者もしくは基礎疾患のある方に多いと聞きます。すでに3つ目の最後の定期預金に手を着けていた人が感染し、もう次の定期預金の口座がないために、新型コロナで力尽きたと考えられます。

生活習慣を改善せず、薬に依存して体調を維持することにより、知らぬまに2つ目、3つ目の定期口座を解約されられていたのです。薬がいけないというのではありません。薬にばかり頼るのがいけないのです。その誤った方向性こそ、肝気の偏旺と言えます。薬を利用しながらも、それはサブとして、メインは今までの生活習慣を改めることなのです。

その生活習慣とは、おそらく食べ過ぎです。その源泉は、家畜の命を軽んじてでも自らの舌を満たそうとする過剰な全人類の欲です。新型コロナがあばきたいのは、そこの部分であり、インフルエンザウイルスに比べ、かなり厳しい監査官と言えます。

… 七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に …

【4月7日補筆】

緊急事態宣言が発令、となりました。芸能人の方が新型コロナで亡くなるなど、「こわい」と感じる方が増えています。こう考えてみましょう。監査官はつまり警察官です。警察官はこわいですね。どこで見張られているか分からない。でも、違反がなければ何も怖くありません。一緒に住んでも怖くない。相手にしてきません。

でも、違反があれば「おい待て!」となる、つかまります。おまけにこの警察官は、実刑で出してくる。執行猶予をつけてくれない。インフルのように、「春になったからもう許してあげよう」という融通がない。温かくなっても、しつこく追いかけてきます。

潜伏期間は2週間といわれます。この期間、ウイルスは静かに、そしてひそかに我々を尾行し、行動を監視しているのです。食べ過ぎはないか、どの程度食べ過ぎるのか…。そして裏が取れたら権限を発動します。しかし症状が出てもすぐには強行姿勢には出ません。ゆっくり、静かに。そして家にまで踏み入り、クローゼットの中まで捜索するのです。預金高はどの程度あるのか。疲労はどの程度隠されているのか。ごまかしはもう効きません。

そんな新型コロナと上手に付き合いながら、終息を待つ。後ろにパトカーがいたら、スピード違反しませんね。そんな付き合い方をすればいいと思います。コロナといえども自然の一部です。自然には必ず「きまり」があります。朝が来て、昼が来て、夜が来る。秩序があります。コロナもデタラメなことはしません。相手を知ることです。

事態は日々に緊迫しつつあります。数年にわたる長期戦となるかもしれない。心構えは必要です。こうなると、ウイルス感染は前提として考える必要があります。不顕性感染で、無症状で乗り切ることができるよう、「腹八分に医者いらず」です。信じても体にいいだけのことで、別に損はないことです。

これまでの報道をみていると、「浮ついた気持ちで飲食すること」がクラスターの一因になっているようにも見えます。屋形船・クルーズ船・コンパ・夜の繁華街…。飲食を遊びとして用いるのではなく、感謝の気持ちでいただく。これも腹八分にするために、不可欠だと思います。僕も含め、みんなで手を取り合って気を付けていきましょう。

あくまでも、感染しない最大の努力を続けながら。

コメント

  1. りつ より:

    お世話になっております。
    先生は東洋医学についての疑問が浮かんだらどのように解決されていますか?
    疑問は簡単に解決できませんが、コツなどはございますか?

  2. 眞鍼堂 より:

    >>1
    むかしはすぐに先輩に質問していましたね。
    いまは自分の考えがあるので質問しません。
    基礎を勉強しつくし、寝ても覚めても考え続けます。

  3. りつ より:

    私も自分で答えを出せるようになりたいです。相当な勉強が必要ですが、一歩一歩進んでいきたいです。
    いつもありがとうございます。

  4. りつ より:

    お世話になっております。
    新型コロナもあばく力を持つのですね。確かにガンのように症状が出ずに進行する事に比べれば症状が出る方が有難いですよね。となるとそこまで恐れる必要はないかもしれないですね。
    インフルエンザも身体の毒出しをすると耳にした事があります。
    人間は新型コロナのように得体の知れない物に対して不安になりますが原理が分かれば落ち着いていられますよね。

  5. 眞鍼堂 より:

    >>4
    その通りだと思います。
    敵を知り己を知れば百戦危うからず。
    どの切り口から敵を知るか、という問題はありますが。

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