雨水…木の芽時の「ストレス」とは

 

吹いてくる風はやや温かく、車から降りて空を見上げる余裕もできて、はるか中国大陸から流れてくる言い知れぬ不穏さと、ここしばらくの日差しの平穏さとのハザマに身をさらしている。

アミガサユリです。鱗茎 (ゆりね) は、漢方薬として用いられ、貝母 (ばいも) と呼ばれます。熱証の痰・咳に効能があります。いま、咲き始めました。

新型コロナの報道やまぬ、ここ最近の臨床で気づいたことです。

患者さんの訴える症状が、肝鬱気滞 (ストレス) を疑わせ、しかも体表観察で太衝穴にハッキリとした反応があるものがあります。聞けば、ここ2.3日の症状の悪化があります。

「なんか思い当たる原因は?」
「いやー、特にないです。」
「うーん、例えばストレスとか。」
「いやー、特に変わったことはないですね。」
(気滞肝鬱を疑って) 「体を動かしすぎたとか。」
「ないですね。」
(脾虚肝鬱を疑って) 「食べ過ぎたとか」
「ないですね。」

しばらくの間があって、
「でも、なんかイライラするっていうか…。〇〇なことがあるんですが、これは普段からあることで、今に始まったことでもないんですが、ここのところそれがなぜか引っかかるというか…。」

こういうパターンの会話が、3月3日ごろ、2例も続きました。春の木の芽時の特徴です。2例目は、左側頭の重痛を訴えた患者さんです。関元に2番針を3mm刺入、5分置鍼後抜鍼、20分休憩、その間、その患者さんには珍しく熟睡されていました。ベッドも空いていたので、少し長めに寝ていただきました。

太衝の反応が取れたことを確認して、
「いま頭の痛みは?」
「ああ、もうましです。」
「お疲れさんやね。今日は早く寝てね。」

そう自分で言って、フッと気づきました。ああ、そうか。冬場の睡眠が足りていないのか。冬場に疲れが取れ切っていないんだ。

自然界は、夏場 (春分から秋分まで) が活動期で、冬場 (秋分から春分) までが休息期です。夏場は昼が長く活動時間が長い。冬場は昼が短く活動時間が短い。現代人はこの法則に順応しにくい文明を築いてきました。春は「生」です。新しく生まれ変わるためには、前年度分が清算されていなければなりません。その清算ができていないと、肝に負担が来るのです。

なぜ肝に来るのでしょう。肝には罷極という働きがあり、少々の疲れは引き受けて素知らぬ顔をします。すぐに疲れが出てしまうと、平穏時と非常時の波の中で、日常生活が送りにくくなるからです。非常時は頑張り疲れを保持し、平穏時はためておいた疲れをとる。肝は知らぬ間にそういう調整をしてくれている。そういう機能を持つからです。

ただし、その収支も決算の時があり、それが春の「生」なのです。

非常時 (いそがしいとき) ・平穏時 (ゆっくりできるとき) は、1年の大きなサイクルで言うと、夏場と冬場です。冬場にもっとゆっくりするべきだったのです。春のせいにしてはならない、冬にもっとできることがあった。現代人は冬場に活動しすぎる、興奮しすぎる。

かるい木の芽時の肝鬱なら、一度治療しただけで改善するでしょうが、しつこいものはこういう理解が必要である、そう学びました。

ちなみに、立春前後に流行するインフルエンザは、この「決算」と関係があります。新型コロナも例外ではありません。

今年の春分は3月20日ですが、体のほうは3月10日に活動期となりました。温かさに感じて体も対応ししているのでしょう。

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