清明…新型コロナと陽維脈

植え付けに向けて、畑の準備は着々と進んでいます。冬から少しずつ耕していたおかげです。スイカ・トマト・ミニトマト・キュウリ・ナス・ピーマン・カボチャ・サトイモ・ショウガ。これらを一度に植え付けます。やわらかい春草が覆っていた畑も、いまは美しく耕されて様変わり、人待ち顔ならぬ、苗待ち顔です。

清明とは美しい言葉ですね。二十四節気のひとつで、今年の清明は4月4日~18日です。冬は枯れ木のようであった木々も、葉を出し花を咲かせることで、「ああ、これはサクラだったか、クヌギだったか」とハッキリとしてきます。万物総じて凍えていた様子とは打って変わって、新しい芽を出し、千差万様の特徴が明確になるのです。清新で明瞭という意味で考えれば、清明をイメージしやすいでしょうか。

つまり、春の特徴がハッキリする…それが清明です。

しかし現状はどうでしょう。冬でもないのにカゼ (新型コロナ) がはやる。カエルも冬眠から目覚めて土から這い出すというのに、家に閉じこもらなければならない。ストレスがたまり、家族同志がケンカをする。とても春らしいとは言えません。

人間も自然の一部です。その一部の自然が、春らしくなった大自然から取り残されている。

最近の治療で思うのは、外関穴 (陽維脈の主穴) に鍼を打つケースが多いということです。この特徴は、陰維脈主導の冬場から、陽維脈主導の春に変化しづらいことを推察させます。

陰維脈とは陰の綱維…つまり陰を維持するための頼みの綱です。物質の形体が求心力と遠心力によって保たれていると考えたとき、陰維脈はもっとも原始的な求心力で、それは「陰脈の海」である任脈よりも根本的です。

陽維脈は陽の綱維…つまり陽を維持するための頼みの綱です。陽維脈はもっとも原始的な遠心力で、それは「陽脈の海」である督脈よりも根本的です。

詳しくは「東洋医学の空間って何だろう」に説明しました。

春になるためには、陽脈の海である督脈よりも、その海水 (陽) を入れるところの器である陽維脈の方がむしろ重要なのです。器が小さいと陽がたくさん用意できても少ししか入りません。それどころか、余った陽ができて邪熱になることも考えられます。陽維脈と督脈は風府・瘂門で交会しています。そういう意味では一心同体ともいえるでしょう。

逆に、秋になるためには、陰脈の海である任脈よりも、その海水 (陰) を入れるところの器である陰維脈の方がむしろ重要なのです。器が小さいと陰がたくさん用意できても少ししか入りません。それどころか、余った陰ができて水寒の邪になることも考えられます。陰維脈と任脈は天突・廉泉で交会しています。そういう意味では一心同体ともいえるでしょう。

発散 (遠心力) が春で、閉じこもる (求心力) のは冬です。

春へと変化しづらいということは、気の推動・気化に異常があるということです。季節は循環し前に進んでいる。それは人体 (物質) も同じことで、心臓の拍動とともに血液が循環し、その血液は前に前に進みます。これは生命 (機能) も同じことで、気は前に前に進んで循環する。これが推動です。推動の結果として変化が起こる。これが気化です。気とは、前に進んだり変化したりする働きのことです。

気虚があるのかもしれない。気滞があるのかもしれない。とにかく前に進めない、春に変化できない。

鍼を打って、気を集めたり散らしたりするだけではダメだ、重く分厚い壁を開き、未来への道を通さなければならない…そういう基本的なことに気づいて間もなくのコロナ流行。

いま、自然界で花咲き芽吹く力は、樹木そのものが、去年の夏に光合成で作ったエネルギーを放出しています。葉が開き、新緑から深緑になって初めて、光合成により外部からエネルギーを得て、次の葉っぱを作りますが、それまでは身を削って芽吹くしかありません。つまり、それでなくても、この時期は気の不足を起こしやすいのです。

もし、去年の夏に十分なエネルギーが得られていないなら、なおさら春はエネルギーが足りなくなります。去年・おととしと続いた異常な夏の猛暑が、「壮火食気」として気を消耗したとすれば、それが今年の春に春らしくなれない原因だとしたら…。今年の冬が暖冬に過ぎたため、気を「封蔵」することができず、それが春に変化できない原因だとしたら…。

地球温暖化に一因ありとしなければなりません。世界各国はどうなのか知りませんが。

体が春になれないのは、この時期に恒例のものでもあります。急に寒い日があると推動を助ける温煦が弱くなって気を消耗しやすく、急に暖かすぎる日があると邪熱を起こして気を消耗しやすい。寒くても暑くても推動が不足するのです。寒暖差も地球温暖化の特徴であると言われます。

推動の不足を改善するなら、ゆっくりとしたウォーキングが有効です。しかし運動療法は体力を消耗するリスクを伴うので、体調のすぐれない方は診断できる人に診てもらう必要があります。持病のない子供や若い人は、多くは有効です。適度な運動を工夫してやるべきだと思います。

それにしても、都会の人口密集地は問題です。家から表に出ても自然がない。ゆったりとした気持ちで気が向いたときに体を動かす、ということができない。そりゃイライラもするでしょう。田舎に住む僕からみると、これは不自由です。都市に一局化する社会のありようの矛盾が、浮き彫りになっているかのようです。津波の恐れがある海岸沿いを便利とするのは、もう時代遅れである。同じようなことが言えないでしょうか。

なぜこんなにコロナが長引くのだろう。本当の意味での春になることができれば、コロナの勢いはましになるだろうか。考えを積んだり崩したりしつつ、畑の準備を進める休日です。

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