伏邪の症例 (2021.春分)

伏邪とは、温病学にある概念である。

臨床では意識することが少ないかもしれない。そもそも診断が難しいからである。

新感であるか、伏邪であるかの鑑別は、なかなか教科書通りにはいかない。いずれも、急にしんどくなってカゼ症状が出ることには変わりないからだ。

診察

19歳、女性。

3/17 クシャミが一日出る。花粉かな。

3/18 のどが痛くなる。カゼをひいたかな。早く寝る。

3/19 しんどくて起きられない。悪寒がある。
午後4時に来院・受診。
38.2℃。食欲がない。口がまずい。のどが痛い。体中が痛い、だるい。頭が痛い。
この時点で、まだ悪寒がある。 (朝に比べるとまし。)

所見

診察…
印堂に邪なし (望診) 。≫伝染性のものではない。
天突が有力 (望診) 。≫表証ではない。
左肺兪付近に虚の反応なし (切診) 。≫近日中に外感の邪を受けた可能性がない。

新感の表証ではない

  • 急激に外邪の影響を受けたわけではない。
  • ウイルスの侵入を受けたわけではない。
  • そもそも、外感の邪を受ける素体ではない。

つまり、
ここまでの診断では、カゼではない。
ところが、素人が分かるくらいに、感冒の症状がそろっている。

つまり、
この時点で、普通の外感病ではない。
ということがいえる。

しかも、
細脈。中位。脈が浮かない。

こういう病態をどう見るか。

脈診に着目

悪寒があるというところに目を付ける。悪寒があるということは、衛気がうまく働けていないということだ。これを脈診で確認することができる。

脈診の、浮位に注目する。

衛気が健全に動いているときは、浮位に順の流れがある。つまり、心臓側から指先方向に向かって流れる、脈の流れである。

衛気がうまく動けていない時は、浮位に逆の流れがある。つまり、指先側から心臓方向に向かって流れる、脈の流れである。

しかも、この逆の流れを分析すると、表寒か表熱かの診断が簡単にできる。当該患者の場合は、表寒だった。やはり、表証の特徴が脈に出ているのだ。

表証でありながら、表証ではない。

井穴に注目

しかも、面白い特徴がある。
急性なので、とうぜん井穴を診る (望診) が、少商に沈んだ邪がある。これは表熱が隠れている可能性を示す。

伏邪しかない

こういう病態は中医学にあるか。

温病学には「伏邪」という概念がある。

冬傷於寒.春必温病.<素問・生氣通天論 03>

右内関に鍼をする。

すると、少商の沈んだ邪が浮いてきた。右内関の抜鍼時、皮膚の際で鍼尖を数秒とどめ、邪を散らす。これで少商の邪が消える。

こういう病態の特徴は、ただ寝ているだけでは治ってこない。しんどくても、ゆっくり体を動かすと、気分が良くなる。普通の表証ではありえないことだ。カゼはジッと寝ているのがセオリーだからである。

こういう特徴も、外感病の複雑さを示すものである。

こういう患者さんに共通する3つの特徴がある。

  • 熱があるのに足が非常に冷たい。
  • 冬の不養生 (夜更かし・目の使い過ぎ) がある。
  • 冬からずっと足が異常に冷たい。

発熱している状態で診た患者さんは、この冬は0人、春分前に立て続けに4人診た。発熱の患者さんは、結局この4人のみだが、そのすべてが、伏邪によるものとしか思えない、同様の所見であった。

術後の経過

内関抜鍼後、頭痛が10→7に軽減。ノドから胸がすこし楽になる。
他の症状は不変。悪寒も持続する。
食欲は依然としてない。

伏邪によるものは、スッとよくならないイメージがある。
よって、午後6時にもう一度受診するよう指導する。

2時間後の治療

午後6時に診察。
悪寒はまだある。
僕から見ると、2時間前の治療はよく効いていて、脈は平脈に近い状態を保っている。
「食欲は?」
「ありません。」
伏邪自体は完全に取れている。後は食欲がついてごはんが食べられれば治癒する。

足三里に手掌を当てる。沈んだ邪がある。これが取れれば食欲が出る。
百会 (頭頂部) に手をかざす。空間は左を指している。
神闕 (へそ) に手をかざす。空間は左下を指している。
左足三里を望診する。生きた穴処の反応。よって左足三里を選択する。

左足三里に三番鍼、瀉法。置鍼1分。

鍼をしている間に悪寒が取れる。
体の痛み・頭痛・だるさ・ノドのしんどさなどがましになる。

「食欲、やっぱりない?」
「少し食べたい感じが…。」
「何が食べたい?」
「みかん…。」

熱によって胃陰が消耗している。こういう場合は、果物とご飯を交互に食べると、ごはんが食べやすくなる。ご飯を食べなければ、回復は遅くなる。

経過

その後、帰宅して夕食をとる。

美味しく食べられた。食後、体が楽になる。
お腹がすき、食べるにつれて、痛みやだるさがドンドンましになっていった。

その夜、よく寝る。
朝起きたら体がすっきりしていた。
発熱から丸一日、治療から約12時間での治癒である。

伏気温病とは

新感と伏気

温病は複雑な病態なので、分類も多様な分け方があるが、その分類法の一つに、

  • 新感温病
  • 伏気温病

という分類法がある。伏気とは伏邪のことである。本症例は伏気温病に分類される。

伏気温病には、

  • 春温…冬に邪を受け、春に発病する。
  • 伏暑…夏に邪を受け、立冬前後に発病する。

という種類がある。本症例は春温に当たる。

伏気温病の特徴は、表証 (衛分証) を経過せずして、いきなり裏証 (気分証・営血分証) から始まるということである。つまり悪寒などの表証が明確でないか、あるとしても短時間である、ということである。

しかしこれは春季に発病する新感温病の「風温」でも同じことが言える。そもそも温病の衛分証は、悪寒はあっても大したことがないのが特徴である。伏気温病との見分けは、臨床では難しいと思う。

考察

この春、診た数人の発熱寒邪は、一様に悪寒を訴えた。どう考えても表証があるようにしか見えないのである。今回診た数人が一様に伏気温病であると断言できる根拠の一つに、散歩やジョギングなどの運動療法を指導し、かえって好転したことが挙げられる。新感の表証があれば、必ず悪化する。カゼは安静にしないと治らないのだ。

悪寒は表証によるものではなかったのである。

だとすると、伏邪という概念は難しい。発症するときは新感と何も変わらない。突然カゼ症状が出る。寒気がある。伏邪という概念を打ち立てた古人は、どこで新感と伏気を見破ったのだろうか。僕は体表観察、すなわち、望診・脈診をふくむ切診で見破った。

問診では難しい。

足が温まる

この春分前、例の4人全員に共通することを挙げてみる。

脈診の所見から、今般の春温と思われる病態は、寒邪と温邪が混在していた。

まず最初に取るべきは、伏在する寒邪であった。
つぎに出てくるのが、伏在する温邪であった。

これら二つがうまく取れた…という手ごたえの後、急激な症状の消失が見られた。

特筆すべきは足の冷えである。
発熱時だけでなく、それ以前から診ていたのだが、
足部はもちろん、三陰交にふれても、血管から冷えているかのような底冷えのする冷え方をしていた。

それが、3月22日の診察、冷たい雨風で気温が低いにも関わらず、
ずっと冬中冷たかった足が、2月下旬から続いた異常な気候の温かさの中でも、
どうしても温まらなかった足が、急激にポカポカになった。

この現象は、4人に共通してまったく同様に見られた。みんな足がポカポカし出した…というのである。

伏邪が抜けた。
病抜けしたのである。
伏邪をいかにきれいに抜き取るか。
カゼをきっかけにして慢性病が急激に良くなることはいくらでもある。
鍼で治療をする本当の意味は、そこにあるのだ。

備忘録 2021.春分

2月15日 右太淵の反応がなくなる。瀉法の空間が右下にでる。
皮膚表面に抜鍼時に邪が残る。手井穴に出る反応。

2月22日 花粉症。
PM3 00陰陵泉に邪。百会でとる。
翌日 AM4 00平脈。関衝に邪。左合谷で取る。関衝は熱を示す。三焦に熱がこもりすぎて、津液を上に持ち上げ、上からは排泄できないので、結果として水邪が滞る。合谷で水寒と熱を交流させて熱を冷まし、利水する。

3月1日から合谷の湿痰の反応が、気滞になる。同時に豊隆の大きさが並のものになり、陰陵泉に邪気が出るようになった。

3月5日 合谷の気滞と思っていた反応が、寒邪であることに気付く。陰陵泉の邪は引き続きある。

3月6日 合谷に気滞。陰陵泉消える。

3月19日 右外関に取穴が変わる。合谷に気滞は続いている。

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