医療とは

先日の日曜日、zoomで一時間、講演しました。学会的な世界に籍を置かなくなくなってから20年も経つので、こういうお誘いをいただいたことに驚くともに、感謝の気持ちでいっぱいです。

視聴されているのは、ほとんどが漢方を実践されている医師の方で、同じ東洋医学とはいいながら少しは違うので、そこそこ気を使いました。まあ、終わってヤレヤレ、これで休日は畑を耕すいつもの生活に戻ります。

「いろんなちがう考え方があっても、必ず通じ合うものがある」と、僕は信じています。

とはいえ、いままでの人生の中で、それがなかなかできない…という場面に何度も出会ってきました。だから、今回の講演、僕の独りよがりになっていないだろうか、そういうことを多く考えさせられました。

異なる考え方を持つ者同士が、常に共有しあえるものとは何か。

原始的な、人類の祖先を想像します。むらがあるとする。そのうちの一人が亡くなる。みんなで葬る。そしてそのまえで、こうべを垂れる。

こういう行為は、「人間らしさ」です。
みんな思い思いに、しかし一様にこうべを垂れる。通じ合う姿です。

例えば泥棒が家に忍び込む。物品を風呂敷に詰めて、いまや逃げようとするとき、その家の小さな子供が、井戸に落ちそうになっている。思わず風呂敷袋を投げ捨て、駆け寄って助ける。

人間らしさ。
そして家主と泥棒が通じ合う姿です。

ぼくは藤本蓮風という、歴史に名を残すべき鍼灸家のもとで学びました。藤本先生の著書のなかに、「本来的自我」という言葉があります。人が本来持つ「真心」のことです。長じて世間の波にもまれつつ、仮にそれを見失うことがあったとしても、もともと誰もが持つ本来の心…。

誰もが持っているのです。

世界中の人が、異なる文化、異なる言葉、異なる地域のもとで生きてきたとしても、これだけは通じ合える。たとえ今は無理でも、待てばいつかは通じ合える。本来のものだからです。

ただし、その「誰もが持っているもの」は、科学的に説明できません。医学の基礎である生物学では、共食いが肯定されます。

医療のこれからに必要なものはたくさんあります。
エビデンス・論文・技術・効果・実績・社会的地位・利潤…。

しかし、その最も必要かつ重要なものは、しばしば挙げられることがありません。
それは人間しか持ち合わせていない、動物には逆立ちしても得られないものです。

この大切なものを、一時くもらせている人は、世界中にいかほどいるのだろう。そしてそれが、異文化を受け容れがたくする温床になっているのではないか?

鍼灸と漢方をまとめて一つの東洋医学とする。
東洋医学と西洋医学をまとめて一つの医療とする。
医療・経済・文化・科学・言語・宗教をまとめて、一つの世界とする。

それを根底で脈打たせ、通じさせるもの。
これを持ち合わせてさえいれば、通じ合える。
これを軸にして、より広く共有できる世界を構築できる。

それは、医療において いちばん重要視されなくてはならないものでしょう。
はたして僕は、それを伝えるための講演ができたのだろうか!?

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