寒露…水邪と邪熱の関係

秋の高く軽い空に、たわわに実った稲穂の重さ。われわれも頭や胸は軽く澄み渡り、下腹はどっしりと力強くありたいものです。秋の季節と一体化すれば健康です。それには、自然をよく見て感じ取ることが大切です。

秋の気配とともに最上位の葉から出穂し、やがて実を結び、秋深まるとともに重く重く垂れ下がっていく。これが粛降です。夏のハツラツさとは一転、静粛さ・謙虚さ・清寂さ…つまり落ち着きを増していく。秋の夜長をこんな気持ちで味わうことです。騒がしさはこれに反します。きっとコロナ対策になります。

9月下旬から10月上旬の花粉症

花粉症を訴える患者さんを診察し、勉強になったことがあります。

この方は9月下旬から症状が出ているのですが、そのころは仕事中 (店舗で販売) がましで、家にいるとひどい…とおっしゃっていました。職場は花粉が少なく、家の周りに多いせいかな…と。

猛暑から急に秋らしくなったころで、合谷に沈んだ邪があり、気が降りないことが花粉症の原因になっているとみて、右内関や右合谷などで合谷の邪を取るようにして治療し、それなりに効いていたようでした。

10月中旬からの花粉症

ところが10月9日から、仕事中もひどかったとおっしゃいます。また、夜が鼻づまりで何度か目が覚めるとのことです。台風の影響で秋雨前線が活発になり、しとしと雨が続いている頃でした。急に寒くもなりました。

前とは少し違う。とくに夜に目が覚めるというのはよくありません。

まず、夜間に悪化すると言えば邪熱、とくに営血分の熱を疑います。この場合は夜中に悪化が起こりやすい傾向にあります。しかし、後渓・三陰交を診てもそのような反応はありません。

もう一つの可能性は水邪 (≒湿痰) です。水は陰で、陰は寒で静です。つまり水はもともと冷たく動かないものです。それが気によって温められるので動くことができます。夜は陰でジッとしているので、水邪を持っている人は冷えて動かない水の性質が出て、午前3時以降の朝方、気温が下がる時間帯に悪化します。

陰陵泉を診ると沈んだ実の反応があります。

聞いてみると、やはりそうでした。目が覚めるのは午前3時以降です。この花粉症は水邪によるものである可能性が高い。雨が降り出してから急に寒くなったことも水邪を助長する事につながったのでしょう。

水邪と邪熱はどうリンクする?

ここで、単純な疑問が生じます。たしかに花粉症の病理で水邪というのは定番です。しかし、鼻はムズムズする、痒い、赤い。これは炎症であることはいうまでもなく、東洋医学的にみても明らかに熱です。こういうことは、膝に水のたまった関節炎にしても同じですね。

おそらくこの患者さんは、陰陵泉の水邪の反応が消えれば、花粉症がマシになる。花粉症がマシになるということは、鼻の炎症が治まる…つまり鼻の邪熱が取れるということです。

熱という陽邪が、水という陰邪とどうリンクするのか。水を取れば熱が引く、熱を取れば水が引く…という現象をハッキリ裏付けしておきたいのです。

陰維脈という視点

今回のケースで気づいたのは、陰維脈というくくりです。陰維脈は陰を容れる器であると仮説を立てていますが、今、その陰を容れる器がもっと大きくないといけないのに、それが小さいのが問題の根本になっています。これはほとんどの患者さんにおいて言えることです。

そのため、クールダウンする体力としての陰を容れるための器が小さいので、結果として陰が足りなくなり相対的な邪熱が生まれる。また、水という陰邪を容れる器が小さいので水が入りきらずにあふれる。このように考えると、邪熱と水邪が同じ原因からおこっていることになります。

陰維脈が支配するのは秋分から春分にかけての日の短い時期 (私見) ですから、これは春の花粉症 (春分までの) でも同じことが言えます。

陽維脈から見ると

春分を過ぎると陽維脈が支配します (私見) 。日の長い、陽が支配する時期に入るからです。この時期に体調が悪いというのは、陽維脈…つまり陽を容れる器が小さいというのが原因の一つと考えられます。

陽を容れる器が小さいと、ヒートアップする体力としての陽を容れるための器が小さいので、結果として陽が足りなくなり相対的な水邪が生まれる。また、邪熱という陽邪を容れる器が小さいので熱が入りきらずにあふれる。ここでも水邪と邪熱が同じ原因から起こっていることになります。

花粉症も春分を境に診立てが変わります。水邪と邪熱という要素は同じでも、それらを生み出す生活習慣が同じであっても、です。

器とは…

簡単に考えてみます。正気 (体力) が入る器があるならば、その器に入るのは正気です。正気が入りきらなければ、余分なものは邪気 (体力を邪魔するもの) になるし、入った分だけは正気になります。かつ、器が小さいということは、これすでに陰陽幅 (体力の幅) が小さいということです。

器とは何でしょう。正気 (機能) を容れるもの、正気をつなぎとめるもの…肉体の中にそういうスペース (空間) がある。物質的肉体ではありません。しかしそのスペースは物質に非常に近いもの…それが「空間」であると考えています。しかも綱維としての両維脈は、空間は空間でも、もっとも原始的な空間でであると思います。

帯脈と陰維脈・陽維脈…綱維とは (東洋医学の空間って何だろう) 」をご参考に。

この器が、日の長さ…つまり季節と関係するならば、人体生命が天地自然に養われているという意味がハッキリします。地球という物質にそなわる季節こそ、われわれが命を養う「空間」なのです。夏らしさ・冬らしさ、それこそが「陰陽幅」なのです。

北極・南極は季節の変化に乏しい。だから命を養うのは難しい。赤道直下では雨季・乾季があり、それがないところは砂漠となり、やはり住むのは難しくなります。生命が存在するには、陰と陽とが存在し、その交流がなければならない。東洋医学の考え方です。

器が小さいと…

陰陽幅が小さいものに、純粋な熱証はありません。実熱証は陰陽の振り幅が大きいから瀉法できる…熱なら熱とハッキリしているのです。

今回の症例のように、水邪と邪熱が同居するというケースは多いと思います。その病因病理をたどると陰陽幅の少なさに行き着く…そう考えられます。陰陽幅が少なければ、熱なら熱とハッキリしない。つまり、熱があれば必ずどこかに冷えが生じる。

寒 (陰) と熱 (陽) の振り幅が大きければ、どちらかということがハッキリしますが、少ないとハッキリしない。熱もあるし寒もある。そうなってしまうのです。

振り子が右 (寒) に振れているのか左 (熱) に振れているのか、それがハッキリしないくらいに振り幅が小さい…と考えます。

幅を増しながら邪を取る

この症例では、内関で陰維脈を補うと陰陵泉の反応は消え、脈幅が増えました。邪熱を取り去る、水邪を取り去ることとは全く次元の違う考え方です。脈幅が増えたということは陰陽幅が増えたということです。

ガン治療で補法をやるとかえってガンが大きくなると言われます。かといって瀉法をやると一気に正気を損なうこともある。ガンで見られる腹水にしても水邪ではありますが、ドンドン進行するのは邪熱です。やはり水邪と邪熱が同居するのです。

東洋医学的な考察は、たとえば花粉症という命に関わらないもの…いわゆる軽症から学び取れるものが、ガンなどの命に関わる重症疾患にも通じるという特徴があります。だから、日常よく見られるの軽い症状を深く追求することが、重症例を治療することに直結します。「熱中症…全身麻痺 (痿病) の治験」をご参考に。

異常気象に向き合う道筋

どのようにして陰陽の振り幅を増やし、どのようにして邪熱・水邪を取り除くか。かつそれらをいかに正気に変えてゆくのか。そこに大きなヒントを与えてくれるのが陰維脈・陽維脈を始めとした奇経ではないか。そう着目しています。

近年の世界的な異常気象…。目には見えないが、これが我々の体に悪影響を与えていることは否めません。そして、やはり目に見ない新型コロナをも、異常気象の一つであると捉えるならば…。今後も続くであろう異常気象を、正気に変えるのか、邪気に変えるのか。

5月に種をまき、田に水を張って、夏の暑さとともに伸び、秋に実を結んで重く垂れさがった稲穂こそ、水と熱とを季節という大きな器に容れて、「命」に変えた証しとは言えないでしょうか。

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