傷寒論私見…復煩〔57〕

57 傷寒、発汗解、半日許復煩、脈浮数者、可更発汗、宜桂枝湯、主之、

▶二陽併病で劇症

二陽併病です。だから桂枝湯なのです。経過の短いパターンです。劇症です。これも難解ですね。単純に考えてみましょう。

傷寒を発汗したら解した。

半日したらと書いているのに、傷寒になってから何日とは書いていません。傷寒にやられてすぐに治療していると見るのが自然です。これを麻黄湯で発汗させています。

発汗して気分が良くなった。

桂枝湯で発汗させているなら「解」とはならないでしょう。

しかし半日したら再び症状が出てきて、煩悶し出した。

実は治っていなかったのです。こういう場合は何を疑うべきかというと、陽明に転属した可能性です。原因は表寒が非常に激しく、裏虚があったからです。だから発表が徹底しなかった。

では、発汗は何だったのか。そういえば、陽明にも自汗があります。よく似た条文がありましたね。48条です。

48「二陽併病、太陽初得病時、発其汗、汗先出不徹、因転属陽明、続自微汗出、不悪寒、若太陽証不罷者、不可下、下之為逆、如此 (桂枝湯) 小発汗、」

48条では、桂枝湯で発汗したが不徹底で、そのまま陽明の自汗となり、微似汗ではなかった…というものでした。

本条では、麻黄湯で発汗させた汗と、陽明に転属して生じた自汗が混ざっていた可能性があります。その自汗を微似汗と見誤り、いったん気分もよくなったので「解」としたのでしょう。しかし、浮脈である。これはまだ表証が残っているということです。発汗させて、しかしそれで治癒とならず、半日後に発汗前とは違う病態を呈した。これは二陽併病です。

アウトラインをイメージしたうえで、細かく見ていきましょう。

▶煩は劇症

まず、「煩」からです。この症状が出てくるのは、

  • 24「太陽病、初服桂枝湯、反不解者、先刺風池風府 、却与桂枝湯則愈、」
  • 26「服桂枝湯、大汗出後、大渇不解、脈洪大者、白虎加人参湯主之、」
  • 38「太陽中風、脈浮緊、発熱、悪寒、身疼痛、不汗出而煩躁者、大青龍湯主之、」
  • 46「太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、表証仍在、此当発其汗、服薬已、微除、其人発、目瞑、劇者必衄、衄乃解、麻黄湯主之、」

の4つです。

  • 24条は風邪の勢いが強すぎて、補法ができません。
  • 26条の白虎加人参湯は、裏熱で陽明病です。
  • 38条の大青龍湯は、表寒裏熱で、表裏同治です。
  • 46条は、表寒裏熱ですが、表寒が本で裏熱が標です。


いずれも激しい証ですね。本条も劇症であることが分かります。

▶もともと煩はなかった

次に、本条で「復煩」とあるのに注目して考えます。その前に、「傷寒、発汗解」という文調・リズムから、発症からの経過は短いと考えます。それを前提に話を進めます。

この「煩」は、発汗する前からあったのか、発汗した後から出てきたのか、です。経過を短いとするならば、この煩は後から出てきたもので、「半日許復煩」は、半日ばかりしたら再び症状が出て、その症状は (太陽証ではなく陽明証の) 煩だった…と訳せます。

「復」ではなく「反」 (かえって) という表現を使ってくれていれば分かりやすいのですが、この辺は難しいところです。

もし、発汗前から煩があったとしたら、発汗前から二陽併病の可能性が出てきます。その場合は1週間から10日くらいの経過の長さがあって、二陽併病を起こしていると考えられます。しかしその明記はなく、かつ本条の文のリズムから、これは発汗後に二陽併病になったものと考えます。

傷寒なので麻黄湯を出す。すると、いったん気分が良くなったが、半日ほどすると煩悶し出した。おまけに数脈です。相当しんどいはずです。

▶さあ、どうする…

さて、こんな時はどうすべきなのか。

治療する側としては、自信が持てなくなるパターンです。しかし、なぜぶり返したのかという機序が分かっていれば、確信をもった治療ができます。ここの違いは非常に大きい。だから勉強するのです。

普通に考えると、煩が出たということは もともと陽明病だったのか? と思わせます。しかし浮脈です。しかも数、熱がひどい、しんどそう。発汗してダメなら、下してみようか。しかし「逆」になるのも恐い…。

ここで、仲景先生は桂枝湯に行けばよいというのです。

▶2度目の発汗に桂枝湯

48条に「二陽併病、太陽初得病時、発其汗、汗先出不徹、因転属陽明、続自微汗出、不悪寒、若太陽証不罷者、不可下、下之為逆、如此可小発汗、」
とありますが、2回も発汗させていましたね。

48条「太陽病」→「発其汗」→二陽併病→「小発汗」
本条 「傷寒」→ 「発汗解」→二陽併病→「桂枝湯」

48条の「太陽初得病」の太陽病とは、傷寒の場合もあるでしょうが、中風の場合もあるはずです。12条に「微似汗が得られるまで何度でも桂枝湯を服用させよ」とあり、発汗が不徹底になるケースが考えられるからです。

二陽併病は2回の発汗が必要な場合があるのです。

56条「傷寒、不大便六七日、頭痛、有熱者、与承気湯、其小便清者、知不在裏、仍在表也、当須発汗、若頭痛者必衄、宜桂枝湯、」は1回の発汗ですが、これは経過が非常に長いために二陽併病になっています。48条は汗出不徹によって二陽併病になっています。だから同じ二陽併病でも発汗の回数が違います。

最初の発汗と、2回目の発汗は意味が違います。

最初の発汗は純粋に表証の治療です。桂枝湯の場合もあるでしょうし、麻黄湯を使うこともあるでしょう。2度目の発汗は桂枝湯です。これは二陽併病の特徴に挙げてよいものです。

二陽併病として治療するならば、56条で勉強したように、まず大便は出ているのか、小便の色はどうなのか、これを問診して、承気湯に行くのか、桂枝湯に行くのかを決定しなくてはなりません。しかし、経過が短いのなら大便を問診しても役に立ちません。

▶桂枝湯で肝気をも動かす

56条でも触れたように、どうもこの桂枝湯は表裏同治を意識したものです。56条では、桂枝加芍薬湯という太陰病の薬を引き合いに出して展開しました。この内容を、もう少し進めます。

そもそも、1回の発汗でスンナリ治らないというのは、正気の弱りがあるから、もしくは邪気が強すぎるからです。劇症になるはずです。そんな状態でなぜ、強い寒邪を表で持ちこたえることができていたのでしょうか。

ここにおいて、肝気を意識せぬわけにはいきません。そして脾虚です。脾虚という正気の弱りを肝気でカバーし続ける。一度目の発汗で解したかのように見えたのは、この「いきり立った肝気」…すなわち「誤った肝気」によって症状が消えたかのように、ごまかされていただけなのです。

肝 (陽) と脾 (陰) は、お互いがお互いを助け合う陰陽の姿ではありますが、一方的に助けてばかりが長引くと瓦解します。そういう素体の問題に、2度目の桂枝湯で切り込むのです。

麻黄湯証に麻黄湯を与えた。発汗したのに治らない。これは正気に弱りがあったからです。その正気を桂枝湯でバックアップしたら治る。簡単に言うとそういう話なのですが、ではなぜ正しく治療したのに正気の弱りを残してしまったのか。きっとそれには理由がある、傷寒にやられる前段階での素体の問題があると言いたいのです。

桂枝湯証・麻黄湯証といいながら、正しく治療してもスンナリいかないケースがある。仲景先生は、二陽併病の解説の中で、それが言いたいのかもしれません。

桂枝湯は芍薬を増やすと太陰病の薬 (桂枝加芍薬湯) になります。ここに膠飴を加えると、小建中湯になります。いずれも、脾虚肝実の証に対して有効です。とうぜん、桂枝加芍薬湯を包含する桂枝湯が、脾虚を補い肝気を下げる働きをもつことは疑いようがありません。

桂枝で温通経脈し、芍薬で柔肝し、姜甘棗で脾を補います。

桂枝は、教科書的には温通経脈と言われますが、温通経絡が正しいと思います。桂皮 (肉桂) にも温通経脈の働きがありますが、桂枝は浅い部分を温め、桂皮は深い部分を温めます。経脈から絡脈、孫絡 (浮絡) と枝分かれするさまは、まるで木の枝そっくりです。桂枝は経脈から浮絡を中心として浅く細い孫絡を温めます。桂皮は幹から取るので深く太い経脈・臓腑を温めるのです。ちなみに脈は肌肉の下、筋膜の上にあって、衛気が外から温煦することにより、推動を得ます。肉桂という別称は肌肉から取ったのかもしれませんね。

桂枝加芍薬湯を内蔵した桂枝湯で治療する。

内傷としての裏は桂枝加芍薬湯で脾を補い肝気を下げる。外感としての裏と表は桂枝湯で治療する。芸術的に美しく見えるのですが…。

文脈としては、1条から本条までで、一区切りです。ここまで、太陽病の定義、中風の定義、傷寒の定義、桂枝湯を基本とする法則、太陽陽明合病、太陽陽明併病、それらが、衄に至る難証・劇証の臨床例とその解決方法…そのようにつながっています。

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