傷寒論私見…厚朴生姜半夏甘草人参湯〔66〕

66 発汗後、腹脹満者、厚朴生姜甘草半夏人参湯主之、

発汗後に脾気滞を生じていますが、情報が少ないです。

60条「下之後、復発汗、必振寒、脈微細、以内外倶虚故也、」を思い出しながら考えます。桂枝湯証を発汗し、発汗しすぎた。下剤はかけていないので、振寒とまではいきませんが、それでも悪寒はいくらかあるはずです。脈は微細とまではいかなくても、幅は少なくなっているはずです。表証はあるにはあるが、それはもう本ではなく標になっています。本は裏の虚に移っています。

こう言いたいところですが、そうはまとめません。

着眼点は62条 (桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯) です。

▶桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯との比較

62「発汗後、身疼痛、脈沈遅者、桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯主之、」

発汗後、〇〇者、△△主之、

文の構成が全く同じです。

本条と同じく、発汗後に気滞の症状が出ています。

桂枝湯証を発汗し過ぎて、裏虚 (脾気の弱り) が起こって気の推動が弱り、それを支える血も弱り、それが本となります。結果として風寒が相対的に強くなり、そのなかの寒邪 (寒邪による気滞) が痛みの原因となります。風寒が強くなったため、頭項強痛では収まらず、身疼痛となったのです。

寒邪は凝結するので気滞を生じる、気滞は痛みの原因になる、というのは基本でしたね。

これは本条の病理とよく似ています。
ただし、62条では発汗後、身体痛という表証が出てきましたが、本条では発汗後、腹脹満という裏証が出ています。ここが相違点です。

共通点は発汗後、裏虚が生じてもともとあった邪実が相対的に強くなることです。

新加湯証がもともと持っていた邪実は、風寒です。
本証がもともと持っていた邪実は、湿痰です。

あれ? 本証も、もともと風寒を持っていたのでは?

厚朴生姜半夏甘草人参湯方 厚朴半斤 生姜半斤 半夏半斤 甘草二両 人参一両 右五味、以水一斗、煮取三升、去滓温服一升、日三服、

▶表証がない

厚朴8 生姜8 半夏8 甘草2 人参1

厚朴・生姜・半夏、これが八両ずつで、非常に多いです。明らかにこの薬の主役です。厚朴も半夏も燥湿です。生姜は水をさばきます。

明らかに言えることは、表証の薬ではありませんね。

もともと桂枝湯証で、それを発汗しすぎた結果、標本が逆転して裏を治すれば表は勝手に解す…と考えるのは、不可だと思います。ここまで勉強してきた内容から、やはり少量でも桂枝は必要です。

▶桂枝去桂加茯苓白朮湯との比較

ただし、桂枝がなくても表証が取れるケースがありました。28条の桂枝去桂加茯苓白朮湯です。

28条「服桂枝湯、或下之、仍頭項強痛、翕翕発熱、無汗、心下満微痛、小便不利者、桂枝去桂加茯苓白朮湯主之、」

心下に症状があることから、もともと陰陽幅の小さい素体である、と分析しましたね。もともと陰陽幅が小さいゆえに、外界と体内という陰陽の振り幅が小さくなって表証を起したもので、陰陽幅という裏の問題を解決すれば、表証は勝手に取れるというものでした。

本剤は、厚朴八両・半夏八両、それに対して人参が一両です。どちらかというと瀉剤です。このように、本証は桂枝去桂加茯苓白朮湯証のように、もともとの陰陽幅の小ささが表証の原因てはありません。だから桂枝は必要なはずです。

ところが、誤治後に桂枝を使わない。

どういうことでしょう。

▶湿痰による脈浮・頭項強痛・悪寒

発想を変えましょう。

そもそも表証ではなかった。

湿痰の邪を持っていて、いくらか脾虚もあって…そういう場合に脈が浮いて緩脈になることがあります。湿痰の邪があると、頭項強痛に似た症状が出ることがあります。足陽明胃経の絡脈が頭項をまとっているからです。この場合は強痛というより重痛となります。湿痰の邪を持っている人は、時に寒がりなことがあります。

これは桂枝湯証と間違えてもおかしくないですね。それを発汗させた。だから脾虚がひどくなり、もともとあった湿痰もパワーアップした。脾虚と湿盛です。

湿痰は気機を阻害し、脾の推動に気滞を生じた。だから腹満が起こります。

▶急な正虚→湿痰UP

このように、62新加湯と対比すると、もともと表証ではないと考えた方がすっきりします。新加湯はシッカリ桂枝を使っていますから、それと同列なら本証も桂枝を使うはずです。

62新加湯と同じく、急激な正気の虚が起こると、もともとあった邪実がパワーアップする。邪実とは湿痰です。だから厚朴・生姜・半夏が八両という、非常に多い分量となっているのでしょう。

62条から本条まで、「発汗後」に起こる変化について書かれています。かなりのバラエティです。特に本条は、桂枝湯によく似ていても桂枝湯でない場合がある…というケース、仲景先生がそういうことを言いたかったのならば、とても面白く読めると思います。

▶組成

主役である厚朴・生姜・半夏の組み合わせから見て、脾土の幅を引き延ばして開胃し邪気を消しながら (生姜) 、燥湿に重きを置きつつ (半夏・厚朴) 、闔ですこし湿濁を下す (厚朴) …という意図が見受けられます。脾土の幅を小さくした原因は、もちろん発汗過多です。発汗は陰陽ともに漏らしますので、陰陽幅が小さくなります。

瀉法的意味合いの強い厚朴・生姜・半夏の組み合わせに、人参を一両加えることで正気を少しバックアップし、瀉>補の両用を甘草でまとめています。

厚朴・生姜・半夏・人参・甘草については、「傷寒論私見…苦温とは (薬学のまとめ)」をご参考に。

▶素体

素体は、食べ過ぎ・飲みすぎで脾を圧迫している人ですね。発汗過多で正気を急に損ない、隠れていた腹満が出てきたのです。ああ、自分は普段食べ過ぎだったな…ということに気づいて、健康にフィードバックする、そのための病気 (腹満) と言えます。

▶鍼灸

鍼灸で行くなら、胃兪・滑肉門などで、空間を動かして気滞をとりながら脾胃を補います。内関も候補に挙げていいと思います。足三里に沈んだ邪があるはずなので、これが消えるように治療します。

▶張仲景の意図

余談ですが、「傷寒論私見…奔豚とは」「傷寒論私見…苓桂甘棗湯〔65〕」でも、「土」について考えさせられました。

また本条では厚朴が気になり、苦味について考えさせられました。それが「傷寒論私見…苦温とは (薬学のまとめ)」です。

これは仲景先生の意図でしょうか。回を追うごとに、文脈が脈々と息づき、理論が積み木のように積まれていくのを感じます。やはり原文を順番通りに読まないといけないと強く思います。訳文を読んでいたのでは、意図が伝わりません。

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